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433 名前:名無し三等楽士@F世界 投稿日:2006/06/25(日) 23 18 51 [ r9DJpMoo ] 陸自の誇るロングボー・アパッチが……… F-2もネ☆ミ ヒぃッ!?鬼じゃ、鬼が居るッ! コブラで充分なのに、虎の子のアパッチを出してくるなんてっ!? 434 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 45 36 [ Pusv3SwY ] 107氏投下乙! マジいじめっ子やで… しかし、そこまで叩かれたら逆に自衛隊の苦手な人海戦術の台頭を促進するやも。 昨日は叩かれたので釈明+自分なりの回答を。 435 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 46 12 [ Pusv3SwY ] まず昨日は熱くなったので順に。 1.相手はまともに戦うと大損害を受けることに気づいています。 2.政治的、戦略的理由から戦闘が起きることはあります。 3.自分たちの「戦竜」と対応するのが「皇国の鉄竜」だと考えています。 4.帝国式要塞をレムリアで見ている。 当時の要塞(防衛拠点)はタコツボや壕を使い、体が露出しないようになっている。 障害物(有刺鉄線等)を構築し接近できないようになっている。 戦車の突破を防ぐため、当時、日本では対戦車壕はよく使われた。 だから帝国側も戦竜を安価に効果的に防御できる対戦車壕は掘っただろう…仮定1 帝国式要塞を見たらまず自国にも見える限り、知り得る限り同じモノを作り対抗策を練るだろう。 対戦車壕は遠目にも分かり易い。 当然まねをする。 実際に使うとして、戦竜を匿う掩対として使うか、空堀として使うかするだろう。 使ってみて、掩対の有効性、障害物の有効性に気づく…仮定2 鉄竜は遠距離で破壊できない。 近距離ならば、ゼロ距離ブレス等で対抗できる。 なら、鉄竜がくるまで隠れていて、近くに来たら攻撃すればいい。 騎士が穴を掘るのは嫌だし、歩兵(徴兵農民)を近くにおいて対歩兵にすれば便利だろう。 試してみたら砲爆撃は以外と防げて、隠れてれば以外と死なない。 では、そこを通るように誘導するモノがあればいいのかもと気づく…仮定3 436 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 46 45 [ Pusv3SwY ] 仮定1.2.3.をふまえて要塞作ったら、なんか歩兵から何から結構対応できないか? …答え と言うわけで塹壕戦を意図しない塹壕戦の開始を考えました。 正直そうでもしないとF世界側の対応策が限られてしまう。 このままいけば帝国自身の怠慢や余裕につけ込む形で勝つか、補給を圧迫することで勝つかしかない。 このままでないなら、例えばエルフが出てくるなら確実に彼らのモンキーモデルである、ワイバーンや列強魔法技術を越えたモノが出てくる。 古代竜やら古代の禁術やら、戦術核並みに強力なら生存の危機だし、あるいは別世界への転移や、元の世界への送還があるなら物語が終わってしまう。 それでまぁ思いついたことを書いてみたんだが、昨日はさっくり否定されてちょっとムカついたりした。 それで出た反論なんだが幾つか反論も 411_命令系統切断 軍としては戦えないが、「死守命令」が出ていた場合、文字通り死守するか逃げるかするのではないだろうか? でも、逃げるに逃げられない狭い壕内では一気に逃げることも出来ないから、時間は稼げる。 稼いだ時間で味方が反撃すれば総崩れにはならない…と良いなぁ。 414 当時ヘリはありません。 単葉機なら数百キロで通過するだけです。 くねくね曲がった細い塹壕を正確に爆撃するのは難しく、また曲がっているため爆風も横に広がりにくいです。 第一次大戦時も航空機は複葉機で、運動性は二次大戦時よりも良かったにもかかわらず銃撃、爆撃は効果が薄かったです。 逆にワイバーンの方こそ塹壕攻撃には向く可能性が高いです。 437 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 47 31 [ Pusv3SwY ] 416 皇国世界です。 迂回に関しては全くその通りなので反論は出来ません。 420 列強が攻めていかなければならないのはその通り。 でも陸軍百万人(百個師団?)のうち1/3は後方勤務、書類仕事など。 実働部隊30個師団分を本土、レムリア、他の前線近くの諸国、占領した飛び地(資源産出地)に配分すると決して十分ではないと思う。 見入手レアメタル鉱山に関してはドワーフから得た情報を元にするだろうし、他国のドワーフ情報網で検討つく所もあるはず。 攻撃的な話になるのはイニシアチブが取りやすいから。 ほっとけば自国もそうだが、相手国である皇国も力を付けるから適当に有利な所で仕掛けるべき。 日本だって真珠湾攻撃したのはイニシアチブが欲しかったから。 421 攻めさせる理由でそれくらいしか思いつかなかったからだが、確かに矛盾があった。すまぬ。 塹壕構築は人手と力自慢の戦竜にお願いと言うことで。 魔法が有りならそれでも良いけど、 それなら単独で落とし穴にした方が有効。だからあまり考えていなかった。 422 先に挙げたとおり。 対戦車を考えてたら結果的に行き着いたと言うことで。 423-425 ほとんど農奴同然だったソ連兵士で出来たんだし、やり方次第じゃないかなぁ。 流民とか督戦隊とか、戦わせる手段はあるはず。 438 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 48 10 [ Pusv3SwY ] 426-427 シュヴェリン王国自体はレムリアでもローレシアでもない列強と陸続きのはず。 周りは制圧済みでも全大陸性はしていない。 今まで手出ししてたのは反対側の大陸だから、少なくともしばらくは二正面の可能性があるのかな。 430 帝国拠点に対してなら占領より破壊でしょう 全くその通り。工作員なら他の作者さんも浸透してるのは描かれてますしね。 ただ「皇国軍を戦闘でどうにか出来ないか?」というのが今回の私の妄想なワケで。 判っていても認められないのですよ。 チハは、リベット止めだから衝撃で内部リベットが飛んで乗員を殺傷するし、 細くて華奢な履帯だから地雷や障害物で楽勝で傷つけられるし、 表面硬化装甲だから割れちゃうし、 PTRD1941対戦車ライフルあたりが出来れば真正面から装甲貫徹されちゃうあたり、 「もうちょっと頑張れば何とかできそうじゃね?」というのがあるわけですよ。 空は飛行機が常に飛べるわけもなし(経済的にも技術的にも)、 海はいつもそばにあるわけもなし。 439 名前:所員F(仮) 投稿日:2006/06/25(日) 23 50 24 [ Pusv3SwY ] ちゅうワケで、 やっぱり皇軍は苦戦しないと……とか、 F世界側ももう少しがんばれ……とか、 オモッテナイデスYO~ 440 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 00 41 59 [ .PPAMwFM ] ジャンプ君、リアルじゃトモダチ一人も居ないだろ? 441 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 02 19 23 [ 65Ag4Pe. ] 436 >軍としては戦えないが、「死守命令」が出ていた場合、文字通り死守するか逃げるかするのではないだろうか? 軍として戦えぬ時点で敗北は必至です。局地戦で反撃に出られたとしても大した損害を敵に与えることはできないのは 南の離島群で力戦奮闘した旧軍を見れば明らかでしょ? そもそも兵員の輸送能力で圧倒的に劣っているF世界軍が第一次大戦ばりの塹壕戦なんて行えないんですけどね。 だって、一旦突破されればもう対応できないんですから。 一旦守備側の領域に入った途端、攻撃側の機動力は守備側に圧倒され、戦果を拡大できない、ってところに第一次 大戦の膠着の理由があり、第二次大戦の電撃戦発祥の理由があるわけです。 私が出したドイツの浸透戦術というのは、守備側の機動力を物理的に破壊できないなら敵の指揮中枢を直撃、機動を 命じられないようにしてやろうという戦術ですね。 442 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 03 49 31 [ CKw60kag ] 塹壕戦で得凶悪なまでの威力を発揮した兵器、機関銃については無視ですか? 教育も受けていない、常備軍でもない、当然国民国家の概念などハナから持ち合わせていない 忠誠心も程度も低い兵士で、どうやって超ストレスのかかる塹壕戦なんかたたかうんです? 散兵線さえ形成出来ないのに。 列強が帝国に勝とうと思ったら、国民国家作って急速に近代化(システムも、産業も)するしかないんですよ。 日本がやったみたいに。たぶん(てか、絶対)無理でしょうけど。 443 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 04 42 25 [ y7wVsCxk ] なんだか 435-436はかなりご都合主義強すぎな気がする。 もう一度最初から良く考えてみよう。 状況としては ①帝國がF世界側の1拠点を"占領"しないといけない状態(帝國攻め手F世界受け手) ②その際の防衛用に拠点の周りに(対人・対戦車)塹壕が掘られている ③ドクトリンから絨毯爆撃は無理 こんな感じかな、正直③は重慶やコレヒドール要塞見る限りどうかと思うけど。 先ず海が近くにあれば艦砲射撃で終了なわけで、内陸部と仮定。 ぶっちゃけ塹壕を掘っていない方向から攻撃加えれば終了なので全方位に 掘ってある※Ⅰか拠点防衛用だけではなく国境(勢力圏の境)に延々と 掘ってある(これだと"後方"ができるので物資の補給ができる)※Ⅱと仮定。 ※Ⅰなら周りを包囲すれば拠点への物資補給ができず数ヶ月粘れば終了なので、 物資は大量の備蓄があるか生産拠点と仮定。 ただこの場合人員の大規模な補充はできないためある程度の損耗覚悟で一度仕掛ければ 増員できる帝國の第二派には耐え切れず終了。 ※ⅡはWWⅠのように常時兵士が塹壕内に居ないと効果がない。 果たしてそんな動員掛けられる勢力がF世界に居るのか疑問。 できても衛生概念のないF世界なら多分数ヶ月で自滅すると思われ。 (塹壕内での生活環境はググれば結構出てくるけど、マジ地獄だよ) 以上から私の結論としては「長期戦に持ち込めば塹壕はむしろ帝國に有利な要因となる」です。 444 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 05 48 49 [ 1rLlvy6E ] 435-436 まず結論ありきのこじつけは、MMRと大して変わらんぞ。 448 名前:くろべえ ◆7dmdXxLH3w 投稿日:2006/06/26(月) 13 29 11 [ Hh0aSyyE ] 107様、投稿乙です。 グローバルホーク! そんなモノまで持ち出していたのか…… 自衛隊最新鋭兵器群総動員ですね。 自衛隊の中の人、余程使いたくてウズウズしていたのかな? それともマスコミ対策だろうか? 451 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日:2006/06/26(月) 21 06 52 [ hYH5INQE ] 107氏、投下お疲れ様です。 >97式中戦車の装甲相手なら、500mを切れば打ち抜ける程度の火力 ローレシアの対戦車砲より格段に進歩してますね。1式中戦車の側面も抜けそうです。移動は戦竜で牽引ですか。 軽量歩兵砲でこれなら、さらに強力な対戦車砲もありそうな感じ。 452 名前:ここまで読んだ ◆zJ6rFHbX8Q 投稿日:2006/06/26(月) 22 09 08 [ XA/lA57k ] 107さん、投下お疲れ様です。 くろべえさんの感想ににたりよったりですが、グローバルホークまで持ち出しているとは 本気で一兵残らず殲滅する気満々ですなぁ 魔道砲のテクノロジーを投入した軽量歩兵砲 おぉ、歩兵随伴の砲にまで魔道砲技術が応用されているなら、鉄竜砲も期待できそうですね マナは直接蹂躙された場所以外では、そこまで深刻に枯渇していない ウィ帝國人が多くいた場所に限られますから、メクレンブルク王国ならば、 バレンバン地方の死の湖を中心とした地域にほぼ限定されますね。 まぁその地点のマナの真空化現象によって周辺地域のマナが 真空地域に流れ込む事によって相対的にほかの地域よりもマナ濃度が低くなっているでしょうけど 510 名前:107 投稿日:2006/07/02(日) 09 23 52 [ Nz0LbtT6 ] ※本愚作は、くろべえさんとここまで読んださんの両作品の3次創作です。 433 どーせロングボーはブラックボックスが多すぎるんで、早期に今の能力発揮は困難になるでしょうからって感じで、今のうちに 使っちまえとの判断かと。 1~2機はブラックボックスをバラシテ、フルコピーを目指していますが、さてさてどうなりますやらか……… 434 >人海戦術 平野地でそれをしても、野砲やらMLRSなんかの面制圧兵器に潰されるだけです。 (弾数よりも兵員をと揃えても、余程に気合の入った連中でも無ければ、2~3割の人員が倒された時点で、モラルブレークが発生して、壊走を開始しますんで) で、平野地以外でそれをしようとしたら、通信/指揮システムの能力差から、逆に各個撃破されるだけかと。 朝鮮半島のアレは、歩兵レベルでの技術格差がそんなに無かったから出来ただけです。 F世界vs平成自衛隊では、話にならないですよ……… 448 敵の状況が判らないので、兎に角、使えるものを全部放り込んでます。 と云うか、ここで負けては国家の衰亡に直結しますんで、何でもする気です>自衛隊 451 砲自体は試作されているんでしょうけども、量産はされてません。 この軽量砲も、最近漸く実戦配備された最新型ですんで。 452 >本気で一兵残らず~ 自衛隊@中の人たちの気分は、太平洋戦争末期ですんで(苦笑 自分たちの敗北が日本人の絶滅に直結すると云う、凄い危機感で動いてます。 だから、人道だの何だのの容赦は無いです。 >マナ濃度 了解です。 という事はバレンバン地方で魔法は、特に対空の魔法槍は………(合掌
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69 名前:F猿 投稿日: 2004/06/24(木) 06 45 [ qUq6iUEM ] 投下終了です。 長いな・・・。 二つに分けたほうが良かったかもしれない・・・。 70 名前:名無し三等兵 投稿日: 2004/06/24(木) 20 36 [ BgBAZcJE ] これほど良い話なんて随分と久しぶりです。 これからもこんな感じで続きを期待しています。 71 名前:S・F (7jLusqrY) 投稿日: 2004/06/25(金) 08 03 [ LgjpIS.M ] 乙です。ジファンは後で爽快に吹き飛ばされてくれそう。 もしくはバレて大司教からの破門コース? では、頑張って下さい。 72 名前:名無し三等兵@F世界 投稿日: 2004/06/26(土) 08 23 [ vRjiTcVc ] まれに見る良作キター! 続き期待してます 73 名前:F猿 投稿日: 2004/06/26(土) 18 49 [ qUq6iUEM ] 青島「オレが天野さんに守ってもらえるのは主人公特権だからだ!」 佐藤「んなわけないだろ青島さん。というよりあんた主人公だったんですか?」 青島「佐藤お前!言って良いことと悪いことがある、歯を食いしばれ、修正してやる!」 佐藤「エゴだよそれは!」 天野「なんなんだこのテンションは・・・?」 というわけでやっと、やっと遭遇編に入ります。
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WROLD ALL(仮題) …ドイツ語のヴェルトール。 事象世界、宇宙の意。 1月1日 ア ルヘイム(鯰の故郷)というこの国は大陸西方の南部、スードと呼ばれる比較的温暖な地域を領有している国で、大昔からエルプ山脈をはさんだ北部のトイトや 西部のケルト、東部のポレなどに居を構える、ヴァナヘイム、ヴィンドヘイム、ニザヴェリルといった国々とは領土をめぐって何度も戦争を繰り返している歴史 を持つ。 大昔のスードは都市ごとに小国家が軒を連ね、争いあっていたのを300年ほど前に初代の王となるヴァーヴォル1世が統一してアルヘイムを建国したといわれており、そのような国柄もあってか、弱肉強食の実力主義が常識となっている国でもある。 他の国と何度も戦争を行い、その度に勝利してきただけあって兵器や戦術などの技術は高いものを持っているのが自慢でもある。 アルヘイムは(ほかの国も大抵そうなのだが)身分制度の強い国で、王族、貴族、士族、平民、農民の階級ごとに階層を作って社会が形成されていた。 王族と貴族が政治をつかさどり、士族が軍事を担う。 一応、専制主義国家ではあったが地方分権の色も濃いという一面も持つ。 というのも、もともとが小国家の集まりで、統一後300年たつ現在も貴族たちは地方の都市を領有してそれなりの勢力を保っている。 故に、王族の子弟が玉座を巡って争うときなどには、貴族の後ろ盾をどれだけ多く味方につけることが出来るか、というのが重要視された。 第27代目の国王であるヴィーウル4世の死去の直後、次の後継者として最も有力であったのは王弟ニューラーズ公だった。 彼は7つの地方都市領を支配する7人の大貴族の後ろ盾を得て、第28代目のアルヘイム国王として即位するはずだった。 しかし、即位の直前となって7人の大貴族のうち6名が、先王の忘れ形見である12歳になったばかりの幼い王女、ローニを新王をとして推挙、そのまま強引に即位させてしまったのである。 これには、6人の貴族たちとニューラーズ公との間に政治上の権限をめぐる衝突があったと噂されている。 ローニ女王の後見人あるいは摂政となった貴族たちは、既に成人し頑迷で自己中心的なニューラーズ公を御しがたいと判断し、まだ幼い女王を傀儡として自らの思うままに政権を握る心積もりでいたのだ。 当然、王になるはずだったニューラーズ公はこれに納得するはずがなく、唯一自分を後援するラーズスヴィズ伯とともに女王と貴族たちに対し叛乱を企てた。 しかしならが、公とラーズスヴィズ伯の持つ戦力では、既に近衛騎士団と常備軍を掌握した貴族たちに対抗できるはずもない。 どう見ても勝ち目はないはずだったが、公には勝算があった。 公は、切り札ともいえる「援軍」を配下の魔法士に命じて召喚していたのである。 その援軍とは、国外…ヴァナヘイムやヴィンドヘイム、あるいはスードの西端の小国ロガフィエルなどの周辺諸国から呼び寄せたものではなかった。 国内の紛争に外国の力を借りれば、後々面倒なことになるのはわかりきったことだ。 ただでさえ、諸外国はスードの温暖で肥沃な土地を虎視眈々と奪う機会を窺っている。 ならば、公はどこに援軍を求め、貴族たちに対抗しようとしたのか? その答えを、貴族たちは戦場で知ることになる。 近衛軍と常備軍を率いてヴァグリーズの平原へ会戦に赴いた6人の貴族たちは、そこで異様な姿かたちの軍隊を目にすることになる。 見たこともない銃や砲、そして鉄の車を使う、まだら色の服を着た異貌の集団が、そこに待っていたからだ。 修道会の本部ヴァルファズル大聖堂は三つの巨大な円錐状の建築物が寄り集まったような形をしている。 この巨大建築物は250年ほど前に当時の国王ガングレイリ2世が命じて建築が始まったもので、着工してから120年ほど経過した段階で工事が打ち切られ未完成のまま現在に至る。 建築予算が国庫に多大な負担をかけるとの理由から建築途中のまま放棄された西の塔の上部三分の一は、基礎の骨組みだけという少しみすぼらしい姿をさらしていた。 その西の塔に、私たち「姉妹」の寮は置かれていました。 今日も王都から修道会へ魔法士の援軍を求める女王の(貴族たちの、というほうが正しいかも知れない)使者達が大聖堂の城門前広場で開門を求める声を叫ぶ。 ほどなくして人の背丈の3倍はあろうかという巨大な門は開かれ、使者たちは中へと入っていった。 私はそれを寮の自室、南側に面した日当たりのいい小窓から見下ろしている。 最近はそれが、日課になりつつあった。 早駆けの馬で来る使者の一団が大聖堂に来ない日は一日とてなく、彼らが肩を落として帰ってゆかなかった日も未だなかった。 異世界軍…ジエイタイを味方につけたニューラーズ公の軍は既に貴族の支配する二つの地方都市領を攻め落とし、王都まで40里の距離まで迫っているという噂だった。 「姉妹」たちの間では、私たち「魔法士」が異世界軍と戦うことになるのかならないのか…つまりは、修道会が貴族たちに援軍を差し向ける決定を行うのか否かという話題でもちきりで、誰もが訓練や勉強に手のつかない有様…というよりは、噂話や議論のほうに夢中になっていた。 現在のところ、修道会は中立、不介入の立場をとり続けているが、将来的にどうなるのかはわからない。 大聖堂が王都のすぐそばにある以上、この場所も戦争に巻き込まれないとも限らないのだ。 「それは、無いんじゃないのかな」 『黄色の姉妹』のスルーズが唐突にそう言ったので、『赤』のミストや『黒』のスケルグが「突然何?」とでも言いたげげな顔をこちらに向ける。 『黄』の派閥に属する感応系の魔法士であるスルーズは、他人の思考を読む魔法に長けている。 彼女は、私が頭の中で考えていたことを読み取り、それに答えたのだが、ミストやスケルグにはわからない話だったので、二人は怪訝そうな顔をしたのだ。 「修道会は神聖不可侵な神の家だもの。 修道会に手出しをしたら、国中を敵に回すことになるわ。 ニューラーズ公がそんな暴挙に出るとも思えないけれど」 それを聞いて、スケルグが「なんだ、その話?」とあきれたような顔で納得する。 私も、いきなり人の思考を読んで話しかけてくるスルーズの突拍子の無さには少し呆れるものがある。 いきなり話しかけられた方はびっくりするだろうし、周りで聞いていた人たちもいきなり何を言い出したのか戸惑うだろう。 スルーズは、そのあたり天然でデリカシーに欠けているんじゃないかと思える節もある。 「そ、そんなつもりは無いんだけれどなっ…でもその言い方はひどいよっ」 彼女はまた私の思考を読んだけれど、ミストとスケルグには話が伝わってないのでわからない。 スケルグは「二人だけで会話するのやめてくれない?」と溜息をつくし、ミストに至っては何がなんだかわからず、きょとんとしている。 「…で、スヴァンは何を考えていたって?」 スケルグが書き物をしていた手を止めて、私を見る。 私の名前は本当はヒルデというのだけれど、ここの「姉妹」たちはスヴァンヒルデ…さらに前半分だけでスヴァンと呼ぶ。 スヴァンヒルデというのは御伽噺に出てくる、戦場で戦士たちを導く戦乙女の名前らしいけれど、私は自分の名前を変えられて呼ばれるのはあまり嬉しく思っていない。 もっとも、スケルグや「姉妹」たちの多くは「もともとヒルデというのはスヴァンヒルデが短くなった名前なのだからいいのよ」と言って抗議しても押し切ってしまう。 だからなんとなく、私はここではスヴァンという名前で呼ばれていた。
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第268話 燃ゆる大洋(前編) 1485年(1945年)12月7日 午前8時 レビリンイクル沖北北東250マイル地点 第5艦隊旗艦ミズーリの作戦室では、前日に引き続き、第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将を始めとする司令部幕僚達が集まり、 机に広げられた地図を見ながら協議を行っていた。 「索敵線ですが、敵機動部隊の大元の位置が判明しておりますので、幾分範囲を狭めております。」 航空参謀のエルンスト・ヴォーリス中佐は、海図上のある範囲を指示棒の先で撫で回しながら、フレッチャーに説明する。 「索敵機は何機出している?」 「18機であります。」 「……艦隊の前方160度方向を索敵するから、18機でも大丈夫という訳か……」 「念のため、第2段索敵隊の16機も発艦させ、敵艦隊の位置情報の裏付けに当たらせています。」 「第1段索敵隊は、20分後に索敵線の先端に到達します。」 参謀長のアーチスト・デイビス少将が口を開く。 「今日の最大進出距離は400マイルに定めております。敵機動部隊も前進を継続している事を考えますと、彼我の距離は長くても 400マイル……短ければ360マイル程度にまで縮まっている事でしょう。」 「距離が短ければ、その分、パイロットの負担も減るからな。昨日の攻撃がいい例だった。」 「昨日の夜間攻撃は確かに成功しましたが……未帰還機が思いの外出ましたからな。」 TF58は、昨日の深夜に敵機動部隊へ向けて72機の夜間攻撃隊を発艦させた。 敵機動部隊への攻撃を成功させた攻撃隊は、午前4時30分にはTF58に帰還して来たが、帰還機はF8F12機、TBF20機、SB2C10機の計42機であった。 実際に撃墜された機は16機で、全てアベンジャーとヘルダイバーであるが、帰路、損傷の酷かったベアキャット2機、ヘルダイバー6機、アベンジャー6機が脱落し、 海面に不時着した。 脱落機はいずれも、機動部隊から100マイル前後の距離で力尽きていた。 TF58司令部は、この損耗率の高さは、無理な長距離夜間攻撃を敢行した事にあると結論付けている。 現在、脱落機のパイロットは、レビリンイクル沖北北東付近の散開線に布陣した、潜水艦アイレックスを始めとする10隻の潜水艦が救助活動を実施中である。 10隻中5隻はアイレックス級潜水艦であり、状況によっては、水上機を発艦させて捜索を行う事も考えられていた。 とはいえ、敵機動部隊との距離があと100マイルほど近ければ、脱落機の大半は無事、母艦に戻る事が出来たであろう。 「長官。本日発艦予定の第1次攻撃隊は、TG58.1、TG58.2、第2次攻撃隊はTG58.1、TG58.3の艦載機を主力にしております。 数は第1次攻撃隊が204機、第2次攻撃隊が340機となっております。」 「第2次攻撃隊の発艦は1次攻撃隊の何分後を予定している?」 「30分後を予定しております。」 フレッチャーの質問に答えつつ、ヴォーリス中佐は海図上の敵の駒に指示棒の先を当てた。 「第1次攻撃隊は、敵機動部隊上空に張り付く敵迎撃機の減殺と対空火力の排除を中心に行わせます。竜母や戦艦といった主力艦は狙いません。」 「レーミア沖海戦時の戦法をここでも使う訳だな。」 「その通りであります。第2次攻撃隊は、対空火力が減殺された敵竜母群に全力で突っ込ませます。第2次攻撃隊の編成は攻撃機が主力となっており、この内、 新鋭機のA-1Dスカイレイダーを172機投入します。爆装機は1000ポンド爆弾3発、雷装機にはMk13魚雷2本ずつを搭載しますから、第2次攻撃隊だけで 敵1個竜母群を確実に壊滅状態に陥れる事が出来ます。」 「凄まじい打撃力だ。」 フレッチャーは、スカイレイダーの非常識な搭載量に半ば感嘆する。 「本来であれば、この破壊力は昨日の内に発揮されている筈だったが……索敵失敗で振り上げていた拳を振り下ろす事が出来なくなってしまった。辛うじて、 夜間攻撃隊が敵竜母3隻を撃破してくれたが、こっちも正規空母2隻を敵の攻撃で損傷させられ、後退せざるを得なくなっている。今日こそは、昨日と同様の 失態を犯さぬようにしたい物だ。」 「ハッ。心得ております。」 フレッチャーの戒めるような言葉に対して、ヴォーリスは短いながらも、芯の通った口調で返答する。 「現在、索敵機は往路の3分の2を過ぎた辺りを飛行していますな。距離は320マイル程になります。攻撃隊を発艦させるには、長い距離でも360マイル程の 位置にが最適でしょう。その辺りに、敵機動部隊がおればいいのですが……」 作戦参謀のジュレク・ブランチャード中佐も口を開いた。 「攻撃隊の各機は、敵艦隊攻撃の際に必ずと言って良いほど、敵の対空砲火で損傷します。これまでの戦闘で明らかになった事ですが、損失数の30%以上は被弾によって 生じた燃料流出による燃料切れ。そして、そこから起こる洋上への不時着が原因です。また、厳冬期の航空作戦は、被弾機から脱出したパイロットの体力を短時間で奪って しまいます。損傷機並びに、パイロットの生存率を上げる為には、出来る限り距離を詰めたい所です。」 「私も作戦参謀の言う通りだと思う。レーミア沖海戦でも、被弾機のパイロットが極低温の海水に長時間浸かった為に、救助が駆け付ける前に息絶えた者が少なく無かった とも聞いている。だが……敵さんがどの辺りにいるかまでは我々が決める事は出来ん。状況次第では、最大進出距離ギリギリの所に敵機動部隊が居たとしても、攻撃を強行 しなければならん。母艦航空隊のパイロット達には酷な話だが……」 「昨日の夜間攻撃がそうでしたな。とは言え、やらねばならないでしょう。」 「そうだな。」 ブランチャード中佐に対し、フレッチャーは頷きながら返す。 「長官。少しばかり提案があるのですが、宜しいでしょうか?」 「参謀長、どうしたね?」 「はっ。今回の作戦では、攻撃の主目標はシェルフィクルにありますが、同時に、シホールアンル海軍の主力部隊に会敵した時はこれも撃滅する。という方針でしたな?」 「その通りだ。」 「……差し出がましいかもしれませんが……ここは、後顧の憂いを断つ為に、レビリンイクル列島の敵ワイバーン基地を爆撃しては如何でしょうか?」 「参謀長。私としてはその案に賛同しかねます。」 デイビス少将の提案に対して、ヴォーリス航空参謀が即座に異を唱える。 「今回の作戦では、敵の大工業地帯だけではなく、敵主力艦隊の撃滅という2つの任務を課せられています。TF58の戦力は確かに強大ですが、昨日の空襲では正規空母2隻を 戦列から失い、余裕がややなくなっております。今後は敵機動部隊との決戦に集中しなければならない所に、後方の敵飛行場を攻撃するという策は、戦力分散の愚を犯す事に なりかねませんか?」 「私も航空参謀の意見に同意します。」 ブランチャード中佐もデイビス少将に噛み付く。 「敵機動部隊との航空戦が始まれば、我が方も確実に母艦戦力をすり減らされます。TF58の対空火力は強大ですが、これまでの戦訓から見て、少なくとも空母4、5隻程度は 脱落する可能性があります。航空機の損耗も少なくないでしょう。そこに、レビリンイクル列島の敵飛行場攻撃を行うのは賛成しかねます。」 「……しかし、レビリンイクル列島の敵飛行隊は、昨日来襲して来た飛行隊だけではないかもしれない。敵信班は魔法通信傍受器を使って敵情の分析に当たっているようだが、 シホールアンル側は以前と違って、重要な情報には暗号らしき物を使って交信しているため、以前のように敵から情報を得る事は出来なくなったと聞いている。昨年の 第一次レビリンイクル沖海戦でも、敵航空戦力の数を見誤った事でTF37が壊滅的打撃を受けているではないか。長官……」 デイビス少将はフレッチャーに顔を向ける。 「航空参謀と作戦参謀は反対しておりますが、私としてはやはり、レビリンイクルの敵飛行場は叩くべきかと。もし、艦載機発艦準備中にレビリンイクル方面から来襲されれば、 目も当てられません。確かに、我が艦隊には早期警戒機も配備され、絶えず警戒しておりますが、これも完全とは言えません。いつ、どこかで隙は生じます。そこを、敵に上手く 衝かれたら、機動部隊に被害が及ぶことも考えられます。」 「……ふむ。」 「一部の空母群をレビリンイクル攻撃に差し向け、あとは敵機動部隊への攻撃に集中する事で対応は可能です。私としては、TG58.5にレビリンイクル攻撃を行わせ、 TG58.4も含めた4個任務群で敵機動部隊を攻撃すれば対応できると考えますが……長官。」 「参謀長。レビリンイクルの敵は、本当に打って出て来るのかね?」 フレッチャーは、レビリンイクル列島を見つめながらデイビスに問うた。 「は……その辺りは、確証は持てません。ですが、残存兵力が残っている限りは、確実に攻撃隊を飛ばして来るかと思われます。」 「すぐに……かね?」 「すぐにとまではいかないでしょう。ですが、敵機動部隊から発艦した攻撃隊と、シェルフィクル付近の飛行場から発進した飛行隊と共同で我が艦隊を攻撃する可能性は 非常に高いかと思われます。それを防ぐために、せめてレビリンイクル列島の敵航空基地はこちらが先制攻撃を行い、同地の敵拠点を覆滅し、敵の手数を減らした方が よろしいかと。」 「ふむ。君の言う通りだな。」 フレッチャーは大きく頷いた。 「参謀長の言う案の通り、後顧の憂いは断った方がいいかもしれんな。」 「長官、では……一部の空母群はレビリンイクルへ?」 ヴォーリスがどこか抑えるような口調でフレッチャーに聞いて来る。 それに対して、フレッチャーは首を横に振った。 「いや、空母群は差し向けない。レビリンイクル?そんな物は知らんさ。」 フレッチャーは、置いてあった指示棒を掴み、先を敵機動部隊の方向へ向けた。 「TF58は、戦闘可能な空母群を全て、敵機動部隊攻撃に投入する。昨日の攻撃で削ったとはいえ、第1時、第2次攻撃を終えても、敵には多数の竜母と 航空戦力が残るだろう。そうなれば、必然と追い討ちをかける必要がある。私としては、本日の夕方までに敵の竜母を10隻ほど撃沈破させたい。特に、 敵機動部隊の主力である正規竜母は全て撃沈するか、戦闘不能にして後退させる必要がある。そのためには、1機でも多くの攻撃機が必要になるだろう。」 「ですが司令官。レビリンイクル列島の航空基地には、昨日来襲して来た部隊とは別の部隊が配置されている可能性もあります。昨日の生き残りと共に TF58へ攻撃隊を差し向ける可能性も考えなければ。」 「確かにそうかもしれん。だがな、参謀長……レビリンイクルの敵飛行隊がこちらが襲ってくることを見越して、迎撃機だらけの編成で待ち構えている事も 考えられんか?」 フレッチャーの言葉を受けたデイビス少将は、うっと呻いてから口を閉ざす。 「仮にTG58.5の攻撃隊を繰り出すとしても、1度に飛ばせる数は440機中半数の200前後だ。これでも侮れん航空戦力だが、攻撃隊を出す以上、 こちらも反撃を受けて消耗する。そして、その間は敵機動部隊へ向けられる戦力が少なくなってしまう。正直言って、レビリンイクル列島の敵航空隊は 脅威と言えば脅威であろうが、艦体防空用の戦闘機を100機前後置けば何とか対応は可能だ。例え空襲を受けたとしても、こちらの迎撃で削りに削って やればいいだろう。TG58.5に敵が来れば、それこそ、レビリンイクルの航空隊を壊滅させるチャンスだ。また、TG58.5にはウースター級もいる。」 「……ウースター級は確かに強大な防空火力を有していますな。かの艦の威力は折り紙付きですから、防御には最適でしょうな。」 「そうだ、参謀長。TF58は、レビリンイクルの敵に対しては防御に徹し、敵機動部隊に対しては積極的に当たっていく。敵艦隊さえ退ければ、 シェルフィクル攻撃の道は切り開かれる。レビリンイクル攻撃に関しては、作戦終了後、燃料、弾薬に余裕がある場合に攻撃を行うか否かを再検討しよう。 今は、敵機動部隊を叩く事に専念しよう。」 フレッチャーの意志は固く、参謀長は自らの示した案を引き下げざるを得なかった。 「そうなりますと、第2次攻撃終了後に新たな攻撃隊を編成する事になりますが、こちらの方はやはり、TG58.4とTG58.5が主軸になりますな。」 「攻撃機の編成はTG58.5を主力にしたほうが良いだろうな。TG58.4で攻撃隊の編成に加われそうな空母は、ゲティスバーグしかおらんからな。」 フレッチャーは眉間に皺を寄せながら、ヴォーリス中佐に言った。 「となりますと、第3次攻撃隊は250~300機前後の数で構成される事になりますな。」 ヴォーリスが頭の中で2個空母群の残存空母と搭載航空団の構成を思い出しながら、フレッチャーに言う。 「第2次攻撃隊がどれだけ敵の竜母を削れるか……上手く行けばよいが。」 フレッチャーは、心中で不安を感じながらそう呟いた。 そこに、通信士官が作戦室に入室して来た。 通信士官は、通信参謀のエイル・フリッカート中佐に一声かけてから、携えていた紙を手渡した。 「長官。TF58司令部より緊急信です。」 「読め。」 「ハッ!緊急、TG58.2所属のピケット艦が敵偵察騎をレーダーで探知せり。位置は艦隊の北北東130マイル、方位12度。飛行高度は約4000。 現在、哨戒中のCAPが敵騎と交戦を行っているようです。」 その瞬間、室内の空気が一気に引き締まったように感じられた。 「……距離からして、艦隊は発見されていないでしょう。ですが、敵の偵察騎は我が方の戦闘機に襲われた事を必ず、母艦に報告している筈です。」 「報告が届いていれば、偵察騎の途絶えた位置からTF58までの位置を大まかにながら掴む事が出来る。恐らく、敵機動部隊の指揮官はこれまで、 合衆国海軍を相手にして来た歴戦の強者だろう。これは、先手を取られたかもしれんぞ。」 「それに対して、こちらは敵艦隊の発見はおろか、偵察機が敵ワイバーンと接触すらしていません。急いで敵を見つけなければ……。」 「……航空参謀。偵察隊が最大進出距離に達するまで、あと何分だね?」 「現在位置は、330マイル地点を飛行中ですから、現在の推定飛行速度と到達予想時刻を推測した場合……あと40分で引き返し地点に到達します。」 「敵機動部隊から攻撃隊が発艦し、こちらに向かうまでは……敵機動部隊との距離が最悪、400マイル前後と仮定して2時間弱。万が一、索敵隊が 敵を見落とし、敵機動部隊が340、または350マイル程の距離に居た場合は1時間30分足らずか………」 フレッチャーはしばし黙考したあと、航空参謀に視線を向けた。 「航空参謀。」 「ハッ!」 「偵察機が何も見つけられずに折り返し地点に到達し場合。TF58は全力で防衛に当たってもらう。その際、攻撃隊の艦爆、艦攻からは爆弾、魚雷を 速やかに取り外すと同時に、動員可能な戦闘機全てを上げ、敵編隊来襲に備えさせよう。」 午前8時20分 レビリンイクル沖北北東610マイル地点 第4機動艦隊司令官ワルジ・ムク大将は、旗艦であるホロウレイグの艦橋内で、険しい表情を浮かべながら幕僚達と協議を重ねていた。 「偵察機の情報から推測するとなると、敵機動部隊は撃墜されたと思しき位置から30~40ゼルドに居るのは確かだろう。だが、その位置が南方よりなのか、 それとも東よりなのか……果ては西よりなのかはまだはっきりしていない。位置が正確にわからない以上は、無理に攻撃隊を発艦させるべきではない。急行している 偵察騎からの情報を待ってからでも遅くは無いだろう。」 ムク大将は、攻撃隊発進を促す幕僚達に対して慎重論を唱えた。 「しかし、シェルフィクル基地所属の飛行隊は1時間前に発進を終え、推定位置に向けて進撃中であります。現在の位置は敵機動部隊の予想位置より130ゼルド手前です。 このままいけば、1時間30分以内には敵に接触できるでしょう。今の内に我が艦隊も艦載騎を発艦させれば、陸軍飛行隊と合同で敵を攻撃できます。」 「だがな航空参謀。推定位置は推定位置にしかすぎんぞ。もしここで、攻撃が空振りに終わったらどうなるのだ?陸軍飛行集団と我が艦隊の攻撃隊、総計600以上の攻撃が 空振りに終わりかねんのだぞ?先走った陸軍飛行隊はともかく、我が艦隊だけでも、正確に位置を突き止め、確実に敵を叩くべきだ。」 「しかし、敵機動部隊の戦力は強大です。昨日は敵空母2隻を撃沈破させましたが、こちらも敵機動部隊の夜間空襲で正規竜母ランフックと小型竜母2隻が脱落しています。 これによって、艦隊の保有航空戦力は960騎から800騎に減少しています。」 昨日の戦闘では、レビリンイクル列島駐留の第402、409空中騎士隊が敵空母1隻を撃沈、1隻を大破させたが、その直後、第4機動艦隊も敵機動部隊から発艦した夜間攻撃隊の 襲撃を受け、正規竜母ランフックと小型竜母マルクバ、エランク・ジェイキが大破した。 特にランフックは、一時期は沈没確実と思われるほどの大損害を被ったが、奇跡的に浸水が収まった。 その後、懸命の復旧作業のおかげで、後進状態であるならば4リンル(8ノット)の速力で航行が可能にまで回復した。 現在はマルクバとエランク・ジェイキと共に駆逐艦4隻の護衛を受けながら後退している。 戦闘開始早々、正規竜母の喪失という大失態を免れたのは不幸中の幸いと言えた。 だが、第4機動艦隊は竜母3隻が脱落した影響で航空戦力が著しく低下しており、特にワイバーン90騎を搭載していたランフックが、この夜間攻撃で脱落した事は大きな痛手であった。 「ランフックが抜けた分、艦隊の攻撃力、防御力はかなり削がれている。だが、それでも第1次、第2次合わせて500騎は敵に向けて飛ばす事が出来る。その500騎の攻撃力だけでも、 敵に正確にぶつけたいものだが……」 「司令官!第3群司令部より意見具申!直ちに攻撃隊発艦の要ありと認む。以上です。」 「……まさか、エルファルフが急かして来るとはな。」 ムク大将は、意外そうな口調でそう呟いた。 第4機動艦隊第3群は、竜母クリヴェライカに司令部を置いており、指揮官であるクリンレ・エルファルフ少将は物静かな青年提督として知られている。 だが、そのエルファルフ少将が攻撃隊の発艦を促すとは全く予想しておらず、誰もが意外に思っていた。 「ですが、エルファルフ提督の気持ちも理解できます。大まかとは言え、位置はほぼ特定しておるのです。あとは、周辺海域に急行中の索敵騎の情報を待ちながら攻撃隊を 発艦させても良いでしょう。」 「ううむ………」 ウークレシュ少将の言葉がムク大将の耳に入るが、ムクは尚も悩んでいた。 「司令官。決断して頂きます。」 ウークレシュ少将は、悩むムク大将の心境なぞ知らぬとばかりに決断を迫って来た。 「………参謀長。私の性には合わんが……ここは運が良い事を賭けてみるしかないか。」 「司令官。運も何も……我々がやる事は2つに1つ。勝負に勝つか負けるか、であります。」 「……そうだったな。」 ムクはそう言うと、微かに頷いてから伏せていた顔を上げる。 「各群に通信!攻撃隊、発進せよ!」 午前8時45分 レビリンイクル沖北北東270マイル地点 第5艦隊旗艦ミズーリの作戦室に、待ちに待った情報が飛び込んで来た。 「長官!リプライザルの索敵機より敵発見の報告が入りました!」 「遂にか。」 やや興奮気味なフリッカート中佐とは対照的に、フレッチャーは平静な表情のまま報告を受ける。 「敵は我が艦隊より北北西約370マイル付近を時速28ノットの速度で南下しているとの事です。それから、敵機動部隊からは、ワイバーンが 大挙発艦中との事です。」 「先ほどの偵察騎撃墜の報告に反応したようですな。」 デイビス少将がポツリと言う。 「となると、こちらの正確な位置は掴んでいない可能性があるな。とは言え、我が艦隊には別の敵偵察騎が接近しつつあるだろう。こちらの位置が 敵に掴まれるのも時間の問題だな。航空参謀!」 「ハッ!」 呼ばれたヴォーリス中佐がフレッチャーの顔を見つめる。 「各任務群に通達。攻撃隊、順次発艦開始。TG58.4は稼働戦闘機全機をもって迎撃戦闘に参加せよ。」 「アイアイサー!」 フレッチャーの命令は、直ちに各任務群へと伝わった。 既に、TG58.1,TG58.2の2個空母群の飛行甲板上で待機していた第1次攻撃隊204機はいつでも発艦できる状態にあり、命令が伝わるや、 待機室に居たパイロット達が我先にと飛行甲板に躍り出し、愛機に飛び乗っていく。 暖機運転を終えていたエンジンが再び唸り上げながらプロペラを回していく。 回転速度は一瞬にして跳ね上がり、各母艦の甲板上で大馬力エンジンの放つ轟音が猛々しく鳴り響く。 任務群旗艦から指揮下の艦へ風上に向けて航行するように命令が下ると、やや間を置いて、全艦が西の方角に舵を切り始める。 TG58.1やTG58.2だけではなく、TF58指揮下の任務群全てが西に向けて順次転舵していく様は、巨大な海獣が獲物を見つけ、その大きな体を くるりと回すような感があった。 艦首より吹き込まれる風が合成速力を生んでいく。 真冬の北の海は波がやや高いものの、晴天という事もあってか、航行には何ら不自由は無かった。 艦長の号令が下るや、艦橋上の赤いランプが青に切り替わった。 甲板要員が顔の前に掲げていたフラッグを大きく振りかぶった後、各母艦の1番機が轟音を発しながら滑走していった。 第1次攻撃隊204機の発艦作業は、午前9時に終了した。 その後、大急ぎで第2次攻撃隊340機の発艦準備が始まり、各母艦の兵器員や整備員、甲板要員達は、体の疲労感を感じさせぬ動きで作業を進めていった。 午前10時15分 レビリンイクル沖北北東300マイル地点 アメリカ、シホールアンル軍双方が攻撃隊を飛ばしてからほぼ2時間後。 最初に攻撃位置に付いたのは、シホールアンル側であった。 シホールアンル陸軍第45戦闘飛行団の指揮官を務めるフェンクル・クレゴート少佐は、眼前に広がる多数の機影を前にして身震いした。 「なんて数だ……あんな大群に襲われて、果たして無事に敵艦隊へ辿り着けるのか……」 クレゴート少佐は、不安を滲ませた口調で言う。 現在、第45戦闘飛行団は、所属基地であるシェルフィクル基地から飛び立った第58攻撃飛行団と第411空中騎士隊と共に敵機動部隊へと向かいつつある。 シェルフィクル基地には、この2個ケルフェラク隊、並びに1個空中騎士隊の他に、第402空中騎士隊と第409空中騎士隊も在籍していたが、この2個空中騎士隊は 3週間前にレビリンイクル列島のホースコ島の基地に移動していたため、攻撃はシェルフィクル基地に残っている3個飛行隊で行う事となった。 シェルフィクル基地に司令部を置く第54混成飛行集団は、この5個飛行隊で構成されている。 昨日の夜間戦闘では、既に第402、409空中騎士隊が空母1隻撃沈、1隻大破、護衛艦8隻撃沈破という大戦果を挙げているため、クレゴート少佐を含む将兵達は、 次こそは我らがとばかりに、大いに士気を上げた。 だが、眼前の敵迎撃機はなかなかに数が多く、この迎撃網を突破するには相当の損害が出るかと思われた。 「海軍の竜母部隊から発艦したワイバーン隊も後ろから近付いている。連中はそこにも戦闘機を差し向けて居る筈だが……」 クレゴート少佐は眉間に皺を寄せながら独語していく。 シェルフィクル基地所属の攻撃隊の背後には、第4機動艦隊から発艦した攻撃隊も続いている。 元々は第54混成飛行集団の所属隊のみで進撃していたが、第4機動艦隊の付近を通りかかる際、偶然にも発艦を終えた艦載ワイバーン群と合流を果たしていた。 その第4機動艦隊側の指揮官騎から、先ほど、敵戦闘機の触接を受けるという報告が入っていた。 今頃は、ワイバーン隊の眼前にも多数の米戦闘機が迫りつつあるのであろう。 とはいえ、眼前の敵機の数は、少なめに見積もっても150機以上は居る。 対して、第45戦闘飛行団はケルフェラク56機。ワイバーン隊は出撃騎102騎のうち、戦闘ワイバーンは64騎のみ。 計108機で、第54攻撃飛行団のケルフェラク54機、第411空中騎士隊の攻撃ワイバーン48騎を守り抜かればならなかった。 「指揮官騎より各騎へ。敵迎撃機が接近!ケルフェラク隊、戦闘ワイバーン隊は一部の護衛を残し、敵の迎撃部隊を殲滅せよ!」 攻撃隊指揮官を務める第411空中騎士隊の指揮官が命令を伝えて来た。 クレゴート少佐は、コクピットの右側にある四角の箱に向けて了解と返しながら、頭の中でどの隊を敵編隊にあてるか、瞬時に考えていく。 「……こちら指揮官機。各機に告ぐ。聞いての通りだ。これより、敵さんを迎え撃つ。第1、第2中隊は編隊より離れ、敵に向かう。第3中隊は攻撃隊の護衛に当たれ。 本部小隊は俺と共に敵機狩りだ!」 「「了解!」」 部下達からの応答を聞いたクレゴート少佐は、ぶら下げていた空気マスクを口元に取り付け、愛機の速度を速めていく。程無くして、直率の小隊と共に編隊から突出し始めた。 彼の直率小隊に習うかのように、第1中隊、第2中隊の36機が編隊から離れていく。 視線を右前方のワイバーン隊に移すと、そこでも敵機に向かうワイバーンの姿があった。 数は50以上はいるであろう。 「数的にはなかなかの勢力だが……やはり、敵の方が多すぎるな。」 クレゴート少佐は舌打ちしながら呟くが、戦闘開始までは時間が無かった。 この時、第54飛行集団は高度2000グレル(4000メートル)を維持しながら飛行していたが、米側は3000グレル程(6000メートル)の高度で 彼らを待ち構えていた。 位置的には、アメリカ側が有利であった。 増速したワイバーン隊がケルフェラク隊よりも先に接近していく。 目視から10分足らずの内に、制空戦闘が始まった。 ワイバーン隊に遅れる事1分半……ケルフェラク隊も米戦闘機隊との戦闘に突入した。 ケルフェラク隊は、上方から突っ込んで来る米戦闘機隊を下方から迎え撃つ。 クレゴート少佐は、ある敵戦闘機に狙いを付ける。 (あの小柄な形……あれが、噂のベアキャットと言う奴か。) 彼は、眼前の敵戦闘機の形を見るなり、心中でそう思った。 クレゴート少佐は、今では貴重種と揶揄されているケルフェラク隊初陣時から前線に居る古強者であり、過去に幾度か、アメリカ海軍の戦闘機ともやりあっている。 これまでの経験上、ヘルキャットやコルセアは無骨さを感じさせる姿をしていた。 だが、目の前の敵戦闘機は、ヘルキャットやコルセアと違って、機体が小さく、動きが良さそうな感じがした。 (今日初めて戦う事になるが……貴様の力、見せて貰うぞ!) クレゴート少佐は敵戦闘機に心中で語り掛けながら、距離200グレルに迫った所で魔道銃の発射ボタンを押した。 ケルフェラクの主翼に搭載された4丁の魔道銃が光弾を吐き出す。 敵機を包み込むようにして吐き出された光弾の一部は、過たず敵新型戦闘機に突き刺さった。 光弾が突き刺さると同時に、敵戦闘機も両翼から機銃を発射したが、これはクレゴート機を捉えることが出来ず、両者はそのまま高速ですれ違って行った。 彼は次に、別の敵戦闘機に狙いを付け、短い連射を叩きこむが、これは惜しくも外れてしまった。 敵戦闘機との正面戦闘は短時間の内に終結し、クレゴート少佐は5機に魔道銃を放ち、2機に命中弾を与えていたが、撃墜には至らなかった。 最初の儀式とも言える正面戦闘が終わった後、ケルフェラク隊は反転して敵戦闘機に向かう。 この時、40機いたケルフェラクは36機に撃ち減らされていた。 敵戦闘機もまた、反転してケルフェラクに向けて突進して来る。 米戦闘機隊もまた、正面戦闘で2機が撃墜され、4機が被弾して戦線離脱を図っていたが、数は50機以上と多いため、躊躇う事無く再戦を挑んで来た。 「ここからは2機ずつに散開しながら敵機と当る。クスブナとヴェニはペアを組んで敵と当れ!ポリトヴ、行くぞ!」 「了解です!任せて下さい!!」 クレゴート少佐の2番機を務めるポリトヴが威勢の良い返事を響かせる。 クレゴート少佐は28機撃墜の古強者だが、ポリトヴ中尉もまた、44年春から今年の8月までの間に、17機の敵を撃墜したベテランである。 新型機との空戦を戦う準備は整ったと、クレゴート少佐は確信した。 反転した敵戦闘機隊との空戦が始まった。 ベアキャットとケルフェラクの戦闘は、当初、ほぼ互角に推移していた。 クレゴート少佐とポリトヴ中尉のペアに関しては好調とも言える程で、最初の攻撃でワイバーン編隊に向かおうとしていたベアキャットの2機編隊の背後を 取る事に成功した。 ベアキャットは、背後に迫った2機のケルフェラクに気付くと、すぐに右旋回を行い、ケルフェラクの背後を取りにかかった。 だが、この2機のパイロットはまだ実戦経験が浅かった為か、ケルフェラクに後方200メートル以内に接近されるまで気付かなかったことが命取りとなった。 「遅い!!」 クレゴートは、愛機の姿勢を傾け、反応の鈍い敵戦闘機の未来位置に光弾を弾き出した。 ポリトヴ中尉もまた、クレゴートが狙った敵機目がけて魔道銃を放つ。 1機4丁、計8丁の魔道銃から放たれた光弾がベアキャットの未来位置に注がれ、敵機のパイロットが自らの失敗に気付いた時には、機首からコクピット上面部、 後部と、ほぼ満遍なく光弾が命中していた。 敵戦闘機はコクピットを鮮血に染め、左右の主翼から真っ白な煙を吐きながら墜落して行った。 (主翼部分にも7、8発は当たったはずだが、それでも火を噴かんとは。ナリは小さいが、防御力はヘルキャット並みか……畜生!) クレゴートは心中で毒づきながらも、すぐに狙いを2番機に向ける。 2番機は僚機のあっけない最期に恐れを成したのか、急降下で戦域を離脱し始めた。 「腰抜けは放っておけ!!」 「了解です!お、隊長!6時方向から突っ込んできます!」 「左にかわすぞ!」 クレゴートは素早く指示を飛ばしながら、愛機を緩やかな右旋回から左旋回に移行させた。 ケルフェラクが旋回を始めた直後、背後から夥しい数の機銃弾が注がれて来た。 だが、敵機の放った銃弾はケルフェラクが旋回した事で全て外れ弾となった。 ケルフェラクの動きに合わせて、敵戦闘機も左旋回を行う。 「隊長!敵がくっ付いてきました!」 「やはり付いて来るか!」 クレゴートは舌打ちをしながらそのまま旋回を続ける。 機種は先ほどと同じく、ベアキャットである。 急旋回を行うクレゴートのペアに付かず離れずの位置を保っている。 クレゴートのペアは、ベアキャットのペアを相手に巴戦を演じていたが、それは3週ほど回った直後に終わりとなった。 「隊長!今行きます!」 唐突に、受信機から声が響くと同時に、後方に付き纏っていたベアキャットがいきなり旋回を止めた。 そのベアキャットの上方から光弾の嵐が打ち下ろされた。 不意打ちを食らったベアキャットだが、避けるタイミングが早かった為か、光弾は1発も命中しなかった。 新手が現れた事で不利と悟ったのか、2機のベアキャットは旋回降下しながら空戦域から離脱していった。 「隊長!ご無事ですか!?」 聞きなれた声が響くと同時に、クレゴート機の右斜めに2機のケルフェラクが並走して来た。 「その声はヴェニか。そっちは大丈夫か?」 「うちらはなんとか大丈夫ですが、他の連中がかなり苦戦しています。」 クレゴートはヴェニから聞いた後、周囲を眺め回した。 「……くそ、やはりベアキャット相手では、余程上手くやらん限り厳しいか……!」 彼は眼前に広がる光景を前に、歯噛みしながら言葉を吐き出した。 空戦開始から15分程経った頃には、シホールアンル軍航空部隊は優勢な米艦載機隊に対して非常に苦しい戦闘を強いられていた。 クレゴートのように上手く立ち回り、ベアキャットを叩き落すケルフェラクやワイバーンも居るには居るのだが、ベアキャットは持ち前の機動性と綿密な 連携力を活かして、シホールアンル軍を押しに押していた。 ある1機のケルフェラクは、不幸にもベアキャットに格闘戦を挑んだために、逆に後ろを取られて無慈悲な攻撃を受け、撃墜されていく。 また、とあるワイバーンはペアを崩さずにベアキャット渡り合っていたが、敵はベアキャットのみならず、コルセアやヘルキャットといった“顔馴染み”も 多数混じっているため、ベアキャットの攻撃を凌いでも、コルセア、ヘルキャットの連撃に耐え切れず、遂には2騎まとめて撃墜されてしまった。 攻撃隊のワイバーンは、最新式の85年型汎用ワイバーンが大半を占めていたが、一部のワイバーン隊は従来の83年型汎用ワイバーンを使用しており、 第411空中騎士隊がその一部の部隊であった。 第411空中騎士隊はベアキャットを始めとする米戦闘機群の前に悪戦苦闘を強いられた。 敵の迎撃隊と当る前には、411空中騎士隊の戦闘ワイバーンは48騎を数えていたが、今では29騎にまで撃ち減らされていた。 苦戦しているのは制空任務を帯びたケルフェラク、戦闘ワイバーン隊のみではなかった。 元々、迎撃隊の数が多かった米側は、40機ほどの戦闘機を敵攻撃隊の本隊に殴り込ませていた。 敵戦闘機の大半は俊足を誇るベアキャットであった。 攻撃隊についていた護衛のケルフェラクやワイバーンが挑みかかるが、拘束できたのはせいぜい14、5機ほどで、20機以上の戦闘機は迎撃を受ける事無く、 猛然と攻撃隊に殴り掛かった。 ベアキャットの両翼に付いている20ミリ機銃4丁が、重い魚雷や爆弾を抱いたケルフェラクの機体に突き刺さり、大穴を開けて飛行能力を削いでいく。 機首のエンジン部分に被弾したケルフェラクが、被弾箇所から煙を吐きながら急速に速度を落とし、編隊から落伍していく。 そのケルフェラクは、重傷を負った事も気にせぬまま味方に付いて行こうとするが、別のベアキャットがとどめの一撃を繰り出し、ケルフェラクの右主翼を 叩き折った。 攻撃用のケルフェラクは、ヘルダイバーやアベンジャーを見習って後部座席に旋回機銃が設けられており、後部座席の搭乗員はそれを必死に撃ちまくった。 ケルフェラクは、編隊ごとに弾幕をはって米戦闘機の攻撃を食い止めようとする。 運悪く、1機のベアキャットが集中射撃を食らってしまった。 ベアキャットは機首や主翼に多数の光弾を受けた後、エンジン部分と右主翼から真っ黒な黒煙を吐き出し、攻撃を行う間もなく離脱にかかっていく。 ケルフェラク隊に被撃墜機が次々と出る中、攻撃ワイバーン隊もまた、ベアキャットに暴れ込まれ、次々と犠牲になっていく。 機銃弾は、最初は魔法障壁が弾いてくれるのだが、12.7ミリ弾とは違い、威力のある20ミリ弾は83年型ワイバーンの魔法障壁を数連射で吹き飛ばし、 ワイバーンと竜騎士を次々と射殺していった。 「こちら攻撃隊!敵戦闘機の攻撃が激しすぎる、このままじゃ全滅だ!」 「第3中隊に損害が集中している……ああ、また1騎落ちて行った。第3中隊はもう半分も残っていないぞ!」 「こちら第2中隊!中隊長が落とされた!護衛機をもっと増やしてくれ!!」 ワイバーン隊の竜騎士達は、爆発的に上がる損害の前に必死に救援要請を送る。 だが、制空隊も敵戦闘機との交戦に手一杯であり、攻撃騎隊に応援を寄越す余裕は無かった。 「クソ……こんな調子じゃ、一体どれだけの攻撃機が敵に辿り着けるんだ……」 苦戦する味方を前に、部下の1人が弱気な言葉を漏らした。 「狼狽えるな!今からでも遅くは無い。出来るだけ、多くの敵機を引き付けて攻撃機隊の被害を抑えるんだ!右上方に別の敵機だ。 攻撃機隊を狙っているようだぞ。まずは、あの2機を始末する。着いて来い!」 「「了解です!」」 クレゴート少佐のケルフェラクが先に速度を上げ、次にポリトヴ中尉も後を追っていく。 彼の言葉に勇気付けられた2機のケルフェラクもそれに続き、尚も攻撃機隊を狙うベアキャットに挑んでいった。 午前10時45分 レビリンイクル沖北北東285マイル地点 「敵編隊、我が艦隊に尚も接近中!戦闘開始まであと5分!」 第58任務部隊第2任務群の司令官であるマイルズ・ブローニング少将は、群旗艦である空母レンジャーⅡのCICで管制員の 口から飛び出た言葉を聞くなり、思わず眉をひそめる。 「投入可能の戦闘機420機を投入したのにもかかわらず、なお250騎以上の敵がこっちに迫っているか。」 「敵攻撃隊の3分の2近くは我が任務群に向かっております。迎撃隊は奮闘してくれましたが、やはり、数が多いと撃ち漏らしも多くなりますな。」 TG58.2司令部の航空参謀を務めるケネシー・グリント中佐がCIC内にある態勢表示板を見ながらブローニングに答えた。 TF58は、午前10時10分頃にピケット艦がレーダーで200機前後の敵編隊を探知した。 その5分後には、新たに300機以上の敵大編隊が続行している事が分かり、そのまた10分後にやや数が少ないながらも、200機以上の 敵編隊がその後ろから続いていた。 TF58は、この敵大編隊の来襲に対して、使用可能な戦闘機420機を投入して迎撃を行った。 迎撃隊の一部はまず、先発隊と思しき敵編隊に対して交戦を開始し、その後、後続の迎撃隊が次々と交戦に入った。 TG58.2からは、戦闘機108機が発艦して戦闘に加わっている。 空戦開始から30分以上が経った現在、迎撃隊は敵機130機を撃墜、98機に損傷を与え、うち半数を脱落させたと推測されているが、 こちらの被害も少なく無い。 指揮下にある各母艦からの報告を合わせた所、TG58.2が送り出した戦闘機隊は、108機中13機が撃墜され、ほぼ同数が被弾して戦線を 離脱しつつあると言われている。 損耗率は実に2割だ。 TG58.2の被害状況でこれであるから、TF58全体の被害ではかなりの物になっているだろう。 だが、敵に与えた損害も少なくなく、特に新鋭機のF8Fはケルフェラクの戦闘では常に優勢を維持し、ワイバーンとの戦闘でもほぼ互角に立ち回るなど、 期待に違わぬ奮闘を見せていた。 しかし、大量の戦闘機をもってしても、敵攻撃隊の完全阻止が叶わなかった。 「ここからは、艦隊自身が頑張るしかないな……」 ブローニングはしわがれた声でそう呟きながら、過去に経験した幾つもの海空戦を思い出す。 「これまでにも、母艦の戦闘機隊は敵の完全阻止を狙ってきたが、その度に押し通されて来た。だが、今日こそはそれも果たせると思っていた物だが…… やはり、一度に出す数には限度がある上に、一時に700機以上の敵編隊に襲われては、航空管制も飽和状態になる。正攻法で行く以上、敵編隊の 完全阻止は無理な話かもしれんな。」 「護衛艦の奮闘に期待するしかありませんが……せめて、ウースター級があと4隻あれば……」 「無い物ねだりしても始まらんさ、航空参謀。」 暗い表情で呟くグリント中佐に、ブローニングは苦笑しながら言う。 「それ以前に、TF58の主力を構成する5個空母群のうち、TG58.3とTG58.5には戦艦がいない。戦艦がいないとなると、使える対空火力も ぐんと減る。この2個任務群は、戦艦がいない穴を埋めるために、4隻しかないウースター級を均等に配置して貰っている訳だ。戦艦が配属されている 我が任務群は、TG58.3とTG58.5に比べればまだましな方だよ。」 「なるほど……確かに。」 「とは言え……あの凄まじい対空射撃の恩恵を受けられないのは、確かに寂しい物だ。」 ブローニングはため息交じりにそう言い放った。 午前10時45分には、TG58.2所属の駆逐艦群が、左右に別れて迫りつつあるワイバーン群に対して対空射撃を始めた。 TG58.2は、計169騎のワイバーンに襲撃されていた。 このワイバーン隊は第4機動艦隊から発艦したワイバーンであり、元々は第1次攻撃隊と第2次攻撃隊に別れて飛行していたが、第1次攻撃隊が 米戦闘機隊の猛烈な迎撃の前に編隊を乱され、前進速度が落ちた所に、20分遅れで発艦した第2次攻撃隊のワイバーンが合流した。 シホールアンル軍攻撃隊は、米戦闘機群の迎撃がひと段落した際に素早く再編成を試み、大多数の母艦飛行隊がそれに成功していた。 第4機動艦隊の攻撃隊は、大半がTG58.2に向かい、残りの40騎前後は第54混成飛行集団の生き残りと共に、TG58.1に向けて 突進していった。 第58任務部隊第2任務群に属している空母アンティータムでは、既に舷側の各機銃座に機銃員と給弾手が配置に付いており、いつでも戦闘が開始 できる状態にあった。 空母アンティータム艦長、エモンド・グローヴス大佐は、艦橋で駆逐艦群の対空射撃を浴びながら前進しつつある敵ワイバーン群を双眼鏡で確認する。 「左舷方向に7、80騎。右舷方向にほぼ同数と言った所か。いつものサンドイッチ戦法でTG58.2を押し潰すようだな。」 彼がそう呟いた時、5インチ砲弾の弾幕に絡め取られた1騎のワイバーンが急速に高度を落としていく。 ついで、もう1騎が高角砲弾の黒煙を突っ切る直前に新たな砲弾の炸裂を受け、体を一瞬のけ反らせてから海面に墜落していく。 犠牲を出しながらも、敵編隊は前進を続けていく。 対空射撃は、高度4000付近を飛んでいる敵編隊に注がれているが、それとは別に低空侵入の敵ワイバーン群に対しても、駆逐艦群は砲撃を続けている。 射撃を行っているのは、輪形陣外輪部の駆逐艦群だけではなく、やや内側を航行する巡洋艦群や戦艦も射撃に加わっている。 重巡洋艦ノーザンプトンⅡは、陣形の左側に陣取る戦艦アラバマと軽巡洋艦フレモントと共に敵編隊と交戦していた。 「左舷上方の敵騎、さらに1騎撃墜!」 ノーザンプトンの艦橋前に配置された5インチ連装両用砲を指揮するヤン・ハートレット少尉は、両用砲の後部にある観測口から身を乗り出し、 口元のマイクに向かって逐一報告を送り続ける。 「こちら1番両用砲。敵先発隊、尚も接近中。一部は7、8騎ずつの小編隊に別れつつあり。」 「1番両用砲はそのまま高空の敵騎へ砲撃を続行せよ。異変が生じたら別の指示を送る。」 「了解!」 ハートレット少尉は、口元に伝う汗をぬぐいながらそう返答しつつ、戦場の様相を見据え続ける。 今の所、戦闘は一方的であった。 ボルチモア級重巡の3番艦として建造されたノーザンプトンには、6基の5インチ連装両用砲と多数の40ミリ機銃、20ミリ機銃が付いているが、 ノーザンプトンは6基中4基の連装砲を敵編隊に向けて撃ち放っていた。 ハートレット少尉の目の前でも、両用砲は盛んに砲撃を行っている。急角度に砲身をかかげ、5秒から6秒おきに射撃を続ける様はなかなかに凄まじい。 耳栓替わりのヘッドフォンをしていなければ、短時間で聴覚を麻痺されてしまう程だ。 「もし、連中が対空艦潰しを任されていたら、そろそろ駆逐艦か……俺達に突っかかって来る頃だな。」 ハートレット少尉がそう呟いた直後、高空の敵編隊は予想通りの動きを見せた。 総計で2、30騎ほどの敵編隊は幾つかの小編隊に別れると、すぐさま急降下に移った。 その中の一部は、ノーザンプトンに向けて突進しつつあった。 「敵の一部がこっちに向かっている!目標変更!左舷上方より接近しつつある敵5機!」 砲術長の指示が、耳元のヘッドホンから響く。 「目標変更!左舷20度!全力射撃!!」 ハートレット少尉の指示が発せられるや、砲塔が僅かに動き、砲身が急降下しつつある敵機に向けられる。 目標を捉えた5インチ砲がすぐさま発砲を開始した。 敵機の前面でVT信管付きの砲弾が炸裂するが、その瞬間、魔法障壁が発動した光が発せられる。 至近弾を受けたワイバーンは何事もなく爆煙を突っ切って来たが、矢継ぎ早に放たれた別の砲弾が、またもや至近で爆発する。 先ほどの被弾で魔法障壁も限界だったのか、今度は砲弾の破片をまともに食らい、一瞬にして撃墜された。 細切れになった味方ワイバーンを気にする事なく、後続の敵騎は猛速でノーザンプトン目掛けて突っ込んで来る。 敵騎が高度2000メートルに降下したのを見計らって、待機していた40ミリ機銃、20ミリ機銃が一斉に火を噴く。 高角砲弾の猛射に加えて多数の機銃が放たれ、ノーザンプトンの上空には無数の曳光弾が吹き荒んだ。 これにはさしもの敵もたまらず、2番騎と3番騎が相次いで叩き落された。 残った2騎はなおも急降下を続けるが、高度1000メートル付近で更に1騎が撃墜された。 残った1騎は高度800付近まで降下してから爆弾を投下した。 通常は500~400メートル前後の低空まで突っ込んで来る敵にしては珍しく、及び腰の投弾となったが、不幸にも、この爆弾はノーザンプトン目掛けて 落下して来た。 「敵機爆弾投下!!」 ノーザンプトンの見張り員が絶叫めいた口調で艦橋に伝える。 艦長はすぐさま取舵一杯を命じたが、爆弾はノーザンプトンが舵を切る前に着弾した。 敵騎の投下した300リギル爆弾は、ノーザンプトンの右舷側艦首海面に至近弾として着弾した。 直撃弾では無かったものの、その衝撃は凄まじい。 ノーザンプトンⅡはボルチモア級重巡の一員として建造され、基準排水量14500トンを誇る大型艦であるが、先の至近弾は、その巨体を頼りなさげに 感じさせる程にまで揺さぶった。 ハートレット少尉は至近弾落下の際の衝撃で、観測口の縁に思い切り右肩をぶつけた後、足を踏み外して砲塔内部に落下してしまった。 衝撃が収まると、彼は慌てて歩み寄って来た給弾員達に引き起こされた。 「班長!大丈夫ですか?怪我はありませんか!?」 「肩とケツをぶつけてしまったが……何とか大丈夫だ。」 ハートレット少尉は右肩をさすりながら部下に答える。 「シホット共はうじゃうじゃと来ている。俺の体は心配せんでいいから、今は砲を撃ちまくる事を考えろ!」 「りょ、了解です!」 部下達は一様に頷くと、すぐさま持ち場に戻った。 「……まだ体は大丈夫だ。」 ハートレット少尉は、痛む右肩をあえて意識せぬまま、観測任務に戻る事にした。 ハシゴを上る際に、彼は外部から複数の爆発音を耳にしていた。 空母アンティータムの艦橋からは、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊と、巡洋艦群が次々と爆撃を受ける様がはっきり見る事が出来た。 「ド・ヘイブン、ビートン・ローズ、フェン・エリクス被弾!ビートン・ローズが落伍していきます!!」 「ノーザンプトンに至近弾!フェアバンクス被弾!火災発生しました!!」 「……数は減っていようが、まずは対空艦潰しから行くという事か。」 グローブス艦長は眉間に皺を寄せながらそう独語する。 アンティータムが面している左舷側方向の対空網は、被弾、損傷した艦が相次いだことによって明らかに穴が開いていた。 この穴から後続のワイバーン群が続々と侵入しつつあるが、残った艦は全力射撃を続けて必死に敵騎の阻止に努める。 アンティータムも5インチ砲を用いて敵編隊に砲弾を浴びせ続ける。 防空網の穴は容易に埋められぬ物の、残存艦の投射弾量は侮れぬ物があり、今でも敵編隊の周囲には無数の高角砲弾が炸裂し続けている。 敵騎は高角砲弾の炸裂によって、なけなしの戦力をさらに減らされつつあったが…… それでも限界はあった。 「高空より敵ワイバーン12、本艦に接近しつつあり!」 アンティータムの操舵手を務めるケント・コートニー兵曹長は、対空機銃座の指揮官が付けている物と同じ、マイク・ヘッドフォン付きヘルメットから 流れて来る指示に聞き入っていた。 「敵爆撃隊接近中!針路このまま!!」 「針路このまま!アイ・サー!」 コートニー兵曹長は、口元にあるマイクにそう返しながら、舵輪に置いた両手に力を入れた。 彼は、この道10年のベテラン下士官であり、開戦前は空母ヨークタウンの操舵員を務めていた。 1944年9月にアンティータム乗り組みを命じられてからは、この新鋭艦の舵輪を操り続けている。 「艦長……どう判断しますかな?」 彼は、直上にいるグローブス艦長に向けて呟く。 航海艦橋の真上は、艦長が陣取る第1艦橋がある。そこで艦長が指揮を執っているのだが、今そこにある危機を切り抜けられるか否かは、天井の向こう側に いる艦長の判断次第だ。 外から響いて来る砲声は、ヘッドフォン越しからでもかなり喧しく聞こえて来る。 艦深部からの機関音はこれまた騒々しく、こちらもまたなかなか喧しい。 現在の速力は、艦隊随伴戦艦であるアラバマに合わせる形で27ノットしか出していないが、それでも通常の輸送船と比べれば格段に速いため、機関出力も高くなる。 外からの喧騒と内からの喧騒が合わさっている今では、ヘッドフォン越しに聞こえる声もやや聞き取り辛い。 だが、コートニーはそれでも、全神経を集中して次に来る指令を待つと同時に、外からの喧騒にも注意を向ける。 (砲声しか聞こえていない内は、敵の攻撃までまだ間がある。機銃の発射音が混じり始めた時が勝負だな) コートニーは、これまでの戦闘で得た経験をもとにこれからの動作を考えながら、尚も指令を待ち続ける。 艦深部から伝わるの振動は、それからしばしの間変わらなかった。 ライフジャケットを着込んだ体が異様に熱く感じ、彼の顔に汗が流れ始めた時、耳元にそれまでの物とは異なる物音が聞こえ始めた。 (機銃の発射音……来るな!) コートニーはそう確信した。 直後、ヘッドフォンに航海長の声が響いた。 「取舵!」 「取舵!アイ・サー!」 コートニーは胸元のマイクにそう返しながら、舵輪を心持ち左に回す。 (定石通りに行くか……妥当だな) 彼は艦長の判断に適度な感想を添えた。 この時、外から聞こえる喧騒がより一層大きくなったような気がした。 コートニーのいる航海艦橋からはあまり見えないが、舷側の40ミリ4連装機銃座や20ミリ機銃座が5インチ両用砲と共に全力で射撃を行い、濃密な弾幕を 展開している事は容易に想像できた。 (あんなアホみたいな弾幕を恐れずに突っ込んで来るとは……毎回思うが、シホット共も本当にガッツがあるぜ。) コートニーは敵にやや感心しながらも、両耳に全神経を傾け、次の指示が下るのをひたすら待つ。 アンティータムの艦体が若干左に回頭しつつある。40秒ほどのタイムラグを置いて、艦が反応し始めた証拠である。 「取舵一杯!!」 唐突に、新たな指示が響く。 「取舵一杯、アイ!」 彼は大声で復唱しながら、舵輪を思い切り回した。 重い鉄製の舵輪を2周、3周と回しまくる。程無くして、舵輪の動きが止まった。 コートニーはアンティータムの舵を限界まで左に向けさせていた。それから10秒後、アンティータムの艦体が右に傾き始めた。 (外れてくれよ!) コートニーは心中でそう思った。 この瞬間だけは、ベテランである彼と言えどもかなり緊張する。 運が悪ければ、爆弾が艦橋に命中してしまう事もある。そうなれば、コートニーは艦橋もとろも吹き飛ばされてしまうであろう。 (この瞬間だけは毎度毎度、生きた心地がしないな) 彼は内心そう思いながら、敵の爆弾が外れてくれることを切に願い続ける。 程無くして、至近弾が落下したのか、爆発音と共に艦体が揺れ始めた。 揺れ自体は強い物の、彼は振動からして命中弾を浴びていないと確信した。 それが合図であったかのように、艦の前部付近、または後部付近から幾度となく振動が伝わって来る。 (5発は落ちて来たな。) コートニーは振動の伝わる回数を数えながら、次の指示を待つ。 更に左舷中央部付近から至近弾炸裂の振動が伝わる。ダメージを受けたのか、ブザーが鳴り響くが、体感からして直撃弾を受けたようには感じられなかった。 (至近弾で浸水か何かが発生したか。まぁ、それぐらいなら大した傷ではない) コートニーがそう思った直後、それまでの振動は明らかに異なる衝撃が伝わった。 その瞬間、強烈な爆裂音が鳴り響き、彼は一瞬、自分の体が床から跳ね飛ばされたのかと錯覚した。 「!?」 コートニーはその衝撃に驚きながらも、心の中ではやられたと思った。 「左舷後部付近に直撃弾!火災発生!!」 スピーカーから被弾した事を伝える声が響き渡った時、航海艦橋の中で誰かが罵声を放った。 「舵戻せ!面舵一杯!」 「舵修正、面舵一杯!アイ・サー!」 ヘッドフォンから伝わる新たな指示に従い、コートニーは右に舵輪を回し始めた。 舵輪の動きは先と変わらず、彼は渾身の力を込めて舵を切っていく。 いつの間にか、顔には大粒の汗が滲んでおり、軍服は流れ出る汗で濡れていたが、コートニーは気にも留めなかった。 「今の回頭で陣形が乱れたかもしれんが、護衛艦もかなりいるからなんとか被害を抑えられる筈だ。」 彼はそう呟きながら、護衛艦群の奮闘を心の底から期待していた。 アンティータムは左回頭を止めた後、今度は右回頭を行い始めた。 外の様子が分からないコートニーは、ただただ味方艦の奮闘を祈りながら舵輪を回すしかないが、それでも、彼はアンティータムが致命傷を受ける事は 無いだろうと思っていた。 爆弾を受けたアンティータムは、被弾箇所から白煙を引いていたが、それでも舷側の機銃座と両用砲は健在であり、激しい対空砲火を放っていた。 外からの喧騒は相変わらずであり、航海艦橋内も相変わらずやかましいが、コートニーとって、それは艦がまだまだ元気一杯であるという証と感じており、 さして不安を抱いていなかった。 だが、敵の次の出方を考えると、弱い不安感も徐々に強くなっていく。 (爆撃隊があれで終わりとなると、次は雷撃隊が来るな……うまく数を削れていればいいが) コートニーはそう思いながら、先ほどと同じように指示を待ち続ける。 「舵戻せ!舵中央!」 「舵中央、アイ・サー!」 コートニーは再び指示に従い、舵輪を左に回し、適切な位置で固定する。 アンティータムは右回頭をやめ、直進に戻り始めた。 直後、後部付近から2度、前部付近から1度、至近弾落下の振動が伝わって来た。 (まだ爆撃隊が残っていたか。まさか、思いのほか、敵騎を削れていないのか?) 彼はふと、そう思った。 だが、コートニーがしばしの考えに頭を巡らせる暇もなく、次の指示が飛ぶ。 「取舵一杯!急げ!!」 「取舵一杯!アイ!」 彼は早口で返してから、直進に戻したばかりの舵を再び左に切っていく。 程無くして、舵輪がストップし、アンティータムの舵は完全に左に向けられた。 だが、今回は先とは違い、大回頭前にやや舵を切る事も無かったため、舵の効きは明らかに遅かった。 (くそ、敵機はどのような感じで襲ってきているんだ?こういう時は、銃座の連中が羨ましくなるぜ) 彼は、戦況を終始把握できる部署にいる同僚達を心底羨ましがった。 心なしか、機銃の発射音が一段と激しくなったように感じた。 舵を切ってから40秒ほどが経ち、ようやくアンティータムの艦体が左に回頭を始めた。 回頭中も、両用砲や機銃座は激しく撃ちまくっている。 今頃、アンティータムの上空は高角砲弾の炸裂煙と機銃の曳光弾で埋め尽くされているであろう。 (いや、あるいは海面スレスレを行く雷撃隊を狙っているかもしれんな) コートニーは心中で呟いた。 直後、その心の呟きを証明する事態がアンティータムに襲い掛かった。 唐突に、下から突き上げるかのような衝撃が伝わって来た。 航海艦橋の同僚や上官数名が、文字通り床から跳ね飛ばされてしまった。 コートニーは衝撃に負けてなるかと、必死に舵輪を掴む。 彼は辛うじてこの衝撃に耐え、舵輪も話す事は無かったが、息つく暇もなく、新たな衝撃が艦体を揺さぶる。 その直後、別の衝撃が伝わった。 矢継ぎ早に伝わる凄まじい衝撃に、コートニーは耐え切れず、床に転倒してしまった。 「!?」 床に思い切り背中を打ち付けた彼は、思わず顔を歪めてしまった。 強い痛みに息が止まりかけたが、コートニーはそれに耐え、無理やり体を起こそうとした。 だが、必死に起き上がろうとする彼を嘲笑うかのように、更なる衝撃が加わる。 今度は右舷方向から伝わって来た。衝撃は今までで一番強く、彼は体をつっ転がされ、艦橋の左側の側壁に頭からぶつかってしまった。 ヘルメット越しとは言え、その衝撃は弱くなく、彼は一瞬だけ脳震盪を起こし、気絶した。 気が付くと、彼は同僚に引き起こされていた。 「おい、大丈夫か!?しっかりしろ!!」 「ア……あぁ。」 「俺が分かるか?頭は痛くないか?」 「ああ、わかる。分かるぜ……くそ、頭がふらふらして気持ち悪い……」 コートニーは無性に吐き気を感じたが、次の瞬間、彼はハッとなり、よろけながらも操舵輪にしがみつこうとした。 「そうだ……艦を……アンティータムを操らなければ!」 使命感に駆られたコートニーは、先程と同じように艦の操作に専念しようとしたが……そこで、彼は違和感に気付いた。 「……おい。行き足が落ちてるぞ。それに、船も傾いている。まさか……魚雷を食らったのか。」 「ああ。左舷側に3本、右舷側1本食らったらしい。恐らく、機関部は前部、後部共に酷い事になっているかもしれん。」 「なんてこった……」 コートニーは、驚きのあまり目を見開いた。 「アンティータム被雷!行き足、止まります!!」 「最悪だ……!」 5インチ砲の観測口から戦闘の推移を見守っていたハートレット少尉は、敵雷撃隊の猛攻でアンティータムが被雷し、左舷に傾斜しながら停止する様を 見て顔を青ざめていた。 敵雷撃隊の削りは想像以上に上手く行っていた。 陣形の左側から侵入した雷装のワイバーンは19騎だったが、対空砲火によって14騎を撃墜しており、この少ない数なら魚雷の命中率を考えても、 アンティータムは致命傷を受け難いと考えていた。 だが、敵ワイバーン隊は回頭しつつあったアンティータムまで、500メートル以内に接近してから魚雷を投下した。 5騎のワイバーンは投雷後に3騎が撃墜された物の、海面を走る5本の魚雷は扇状にアンティータムに迫り、うち、3本が左舷中央部並びに、左舷後部付近に 命中して水柱を噴き上げた。 この被雷でアンティータムは大幅に速度を落としたが、そこにダメ押しとばかりに、右舷側から放たれた魚雷が右舷中央部付近に命中した。 この魚雷は、右舷側を航行する僚艦シャングリラを狙って放たれた物であったが、シャングリラが回避した事で外れ弾となっていた。 だが、この外れ弾が運悪く、アンティータムに命中してしまった。 被雷後、アンティータムは飛行甲板と左右両舷から煙を吹き出し、洋上に停止してしまった。 「アンティータムの状況からして、機関部を相当やられているな……機関部が死ぬと、満足に消火作業も行えんし、浸水を食い止める事も出来なくなる。 奇跡が起きない限り、アンティータムは助からんかもしれんな……」 ハートレット少尉は険しい表情浮かべながらそう独語する。 目線をアンティータムから離し、そこから右舷800メートルほどの海域にいるもう1隻の空母に向ける。 「シャングリラも手荒くやられているようだな。あっちも魚雷を食らったのか、動きが止まっているが、火災も酷い様だな。」 ハートレット少尉はそう呟きながら、首元に下げていた双眼鏡を使ってシャングリラの状況を確認する。 シャングリラは右舷に傾斜しており、飛行甲板の前部と中央部から濛々たる黒煙を吐き出している。 シャングリラの詳しい状態はまだ分かっていないが、控えめに見積もっても、今回の海戦で戦い続ける事が出来ない程の損害を受けた事は、ほぼ確実のようであった。 午前11時15分 レビリンイクル沖北北東300マイル地点 TG58.2が猛攻を受けている中、TG58.1も敵編隊との間で激しい戦闘を繰り広げていた。 「リプライザルに敵ワイバーン急降下!」 フレッチャーは、旗艦ミズーリの艦橋からリプライザルに向かう8騎の敵ワイバーンを見つめていた。 「敵も上手いな……リプライザルは爆弾を食らうかもしれんぞ。」 彼は敵の練度の高さに感心しつつ、目線をリプライザルに移す。 リプライザルは敵の狙いを外すため、左舷に回頭を行い始めていた。 猛烈な対空弾幕の中、敵編隊は4騎が撃墜されるも、残った4騎が爆弾を次々と投下した。 驚くべき事に、最初の爆弾はリプライザルの飛行甲板中央部に過たず命中した。 リプライザルの飛行甲板が爆炎が吹き上がる。直後、左舷前部付近と右舷側後部付近に高々と水柱が立ち上がる。 敵騎の投下した爆弾は、2発が至近弾となったようだ。 最後の爆弾はリプライザルの飛行甲板後部に命中し、これまたど派手な爆発が起こり、リプライザルの飛行甲板が黒煙に覆われていく。 そこに、生き残ったワイバーン7騎が超低空からリプライザルに向けて殺到していく。 傍目から見れば、被弾損傷した空母が煙を吐きながら、最大の脅威である敵雷撃隊から必死に逃れようとしている風にも見える。 旗艦である戦艦ミズーリも僚艦の手助けを怠る事無く、右舷側にあるありったけの高角砲、機銃を撃ちまくっている。 フレッチャーの居る艦橋内にもその発射音は常に響き続けており、非常に喧しい。 掩護を受けるリプライザルも、舷側の単装両用砲と機銃を撃ちまくり、敵騎の阻止に努めている。 2騎が被弾し、海面に叩き付けられた。 更に1騎が40ミリ機銃の集束弾を受けてバラバラに引き裂かれた。 1騎、また1騎と撃墜されていくが、ワイバーンは仲間の犠牲なぞ知らぬとばかりに、リプライザルに向けて突進していく。 海面は高角砲弾の炸裂と機銃弾の弾着で常時泡立っており、まさに地獄の様相を呈している。 「魔法障壁の効果もとっくに切れているのに、尚も突っ込み続けるとは……いつもながら思うが、敵も大した物だ。」 フレッチャーがそう呟いた時、生き残った3騎のワイバーンが一斉に魚雷を投下した。 魚雷は回頭中のリプライザルに迫っていく。 3本中、2本は艦尾方向に逸れていったが、1本はリプライザルの左舷後部に命中した。 水柱が吹き上がると同時に、艦橋内でどよめきが起こる。 だが、装甲空母として建造されたリプライザルには1本程度の被雷は充分許容範囲内であり、水柱が崩れ落ちた後もなお、高速で洋上を疾駆していた。 いつの間にか、リプライザルを覆っていた飛行甲板の煙もすっかり吹き散らされている。 爆弾2発、魚雷1発を受けたリプライザルは、被弾前と何ら変わらぬ姿のまま対空戦闘を続けていた。 「流石は装甲空母ですな。エセックス級なら、当たり所次第で大破寸前に追い込まれていた所です。」 「本当に、あの船は頼もしい限りだ。」 ヴォーリス中佐の言葉を受けたフレッチャーは、誇らしげな口調で返答する。 「それに対して、フランクリンはあまり思わしく無いようだな。」 フレッチャーはそう言いながら、リプライザルの右舷側から見える幾つかの黒煙のうち、一際大きな黒煙に目を向ける。 「フランクリンからの報告では、既に魚雷2本と爆弾5発を受けているようです。TG58.1では、フランクリンに敵機の攻撃が集中しましたから、 損害も大きくなっております。」 「ケルフェラクとワイバーン、60機ほどに襲われたようだな。今は戦闘の下火になりつつあるから、間もなく詳細も送られてくるだろうが…… 少なくとも、フランクリンはこの海戦で使えんだろう……」 「幾ら練度が低下しようが、やる時はやる………今行われている攻撃は、まさにそうですな。」 「全くだ。ニミッツ長官も、TF58の損害状況を知れば顔を暗くするかもしれんぞ。」 フレッチャーは頷きながら、ヴォーリス中佐に答えた。 空襲はそれから5分ほどで終わり、艦隊に響いていた発砲音も次第に終息していった。 午前11時25分 第5艦隊旗艦ミズーリ 「長官。TG58.2司令部より被害報告が届きました。」 通信参謀のフリッカート中佐が務めて平静な声音でフレッチャーに伝える。 フレッチャーは口を閉じたまま、ゆっくりと頭を頷かせた。 「TG58.2は、先の空襲で空母アンティータム、シャングリラ、駆逐艦5隻、巡洋艦3隻を損傷。うち、アンティータムの被害甚大。目下、同艦は 艦の保全に努めつつあるも、現在は艦の放棄も検討中。シャングリラは8ノットでの航行が可能なるも、飛行甲板大破で艦載機の発着機能を喪失せり。 この他、駆逐艦2隻中破で後送の要有りと認む。他の損傷艦に関しては対空火力の低下が見られるも、継戦可能と判断し、戦列に留める物なり。 報告は以上になります。」 「またもや、正規空母2隻を戦列から失ったか……うち1隻は戦線離脱すら出来ずに沈むかもしれんな。」 「TG58.1の被害も含めれば、戦列から失った正規空母は、これで5隻になります。フランクリンは、後方で修理を行わぬ限り使い物になりません。」 デイビス参謀長が表情を曇らせながらそう付け加える。 TG58.1も、先の攻撃でフランクリンが大破し、駆逐艦4隻と巡洋艦2隻が損傷している。 フランクリン以外の損傷艦では、駆逐艦1隻が爆裂光弾と爆弾数発を受けた事で大破炎上し、今しがた艦の放棄が決定したとの情報が伝えられている。 その他に、駆逐艦1隻と軽巡洋艦モントピーリアが今後の継戦は不可能とされる程の損害を受け、後送が決定した。 「……総勢700機以上の航空隊から攻撃を受けたとあっては、流石に相応の損害が出てしまうか。」 「しかし、TF58はなお、正規空母10隻と軽空母7隻を擁しております。それに加え、第1次攻撃隊が現在、敵機動部隊を攻撃中です。第2次攻撃隊も、 もう少しで敵機動部隊に取っ付くでしょう。損害は少なくありませんが、戦力的にはまだ余裕があります。第2次攻撃隊の戦果次第では、敵の母艦戦力に 大きく差を付ける事も可能となるでしょう。」 「参謀長の言う通りだ。敵のストレートパンチはかなり強烈だった……が。」 フレッチャーは、自信ありげな表情を浮かべる。 「今度はこちらのカウンターパンチが命中する番だ。これで、敵のスタミナを削り切れば、この海戦の勝敗は決する事になるだろう。」
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終わりと始まり 青森県むつ市 釜臥山山頂 航空自衛隊第42警戒群レーダーサイト 2012年 12月8日 5時32分 その日、下北半島一帯は高気圧に覆われ、好天を期待できる気象条件であった。未だ夜明けの気配すら無い釜臥山の頂上では、レーダーサイトに勤務する職員達が、一瞬たりとも途切れることの無い監視業務に従事していた。 釜臥山は、下北半島中央部恐山山系の最高峰で、標高は878.6メートル。眼下に陸奥湾を望む景勝地である。 ただし、この山の特徴はそれだけではない。釜を臥せたさまに例えられる山の頂には、特異な形状を持つ建造物が周囲を睥睨していた。 航空自衛隊第42警戒群が装備するJ/FPS-5警戒管制フェーズド・アレイ・レーダーである。通称ガメラレーダーで知られる電子の目が、本州最北端の地で空の守りに就いている。 「あと30分で、交代だなぁ」 長時間緊張を強いられた疲労も露わに、警戒管制員の九戸三曹が言った。 「はよ朝飯ば食いてぇなぁ」 彼の隣でしみじみとつぶやいたのは、気象班の晴山三曹である。彼が雑談をしながらも決して目を離すことがないレーダー画面には、識別不明機のプリップではなく、周囲の空模様がエコーとして映し出されていた。 6月の『北近畿騒乱』の後、突然の惨禍に見舞われた日本国民は、それを防ぐことが出来なかった政府の対応に、強烈な不満を示した。 政府は贖罪羊を見つけだそうとした。 政府内では、自衛隊情報本部、外事、公安警察、在外公館その他全ての情報関係部署が『事件前に大規模騒乱の兆候無し。周辺諸国、国内諸勢力の関与は考えられない』と、口を揃えた。 追及側は容易に信じなかったが、提出された資料、周辺諸国の対応、その他すべての情報がそれを裏付けていた。 逮捕者の取り調べに当たった警察も、匙を投げた。あらゆる証言と物件を組み合わせると、何をどうやっても『地球上に該当なし』となるのである。 政府は、世論と野党の追及に火だるまになりつつ、対応を迫られた。しかし、結果耐えきれず政権を失った。 「こんなジョークがある」 眠気覚まし、とばかりに九戸が言った。 「ほう」 「ある時、国民が敵対勢力に拉致された。 アメリカは、すぐさま空母機動部隊を派遣し、空爆と巡航ミサイル攻撃を行った。 イギリスは、すぐさま特殊部隊を投入し、人質を救出した」 「ああ、そんな感じだべな」 「イタリアは、人質が男だったのでやる気が無かった。 ロシアは、拉致犯の家族を捕らえ、『人質を解放しなければ家族を拷問して殺す』と発表した」 「あの国ならやりかねねえ」 「中国は『我が国にはまだ十四億の人民がいる』と発表した。 韓国は、謝罪と賠償を日本に要求した」 「定番だなぁ。」 晴山は笑った。 「日本は──」 「遺憾の意を表明したんだろ?」 九戸の答えは違った。 「いや、拉致された人質を見つけられなかった、だよ」 どこか気まずい、白けた空気が二人の間に漂った。九戸は頭をかきながらぽつりとつぶやいた。 「あんま、面白いジョークじゃ無かったな」 「んだな。──なんだか最近、どこもかしこもどんよりしてるなぁ」 日本には、どこか重苦しい空気が漂い始めていた。 新政権は、国内の治安維持を図るため、自衛隊法、警察法に始まり、銃刀法、警備業法、果ては農業関連の諸法規に至る様々な法律を改正した。 これらは安全を求める国民の支持を背景に、強力かつ速やかに推し進められることになった。 その背景に、実は『北近畿騒乱』の前から類似の事件が発生していたことが、捜査の進展によりあきらかになったことがある。 今まで有害鳥獣の仕業や猟奇犯の犯行とされてきたうちの何割かが、北近畿を襲った集団に類似する何者かによる可能性が出てきたのだった。 そして、それらは終結していないことも判明した。『北近畿騒乱』後も全国各地で小規模な事件は頻発していたのだった。 国民は恐怖し、対策を求めた。 その結果、自衛隊の弾薬の保管や出動に関する即応性は向上し、各地に分屯基地が設けられた。予算の増額も認められた。 警察は重装備化すると共に、派出所、駐在所が倍増、今ではあちこちにプロテクターとショットガンを装備した警官の姿を見ることが出来る。 また、過疎地や山間部における自己防衛が必要不可欠との要求から、警備業の規制緩和と銃刀法の改正による自警団の編成が進んだ。 当然、副作用は存在した。 警視庁及び大都市を抱える道府県警察内に新設された「特殊事案機動対処隊」略して「特機隊」は、防弾装備で全身を覆い、自前の装甲車や重火器を保有する、『北近畿騒乱』規模の事案に対処することを想定した部隊であった。 しかし、この部隊の性質上、当然のごとく機動隊、SAT、銃器対策班等との軋轢を産んだ。自衛隊との関係も緊張した。 また、危惧された銃刀法規制緩和による犯罪の増加は、警察の強化と自警団の組織が比較的円滑に進んだことから、予想より大分低い数値となったものの、人心は不安定化していた。 山間部の過疎地は危険とされ、廃村が続出、林業は低迷し里山も荒れた。アウトドア産業や観光業も打撃を受けている。 そして最も深刻なのは、拉致被害者の行方は一向に判明せず、いつどこで自分が襲われるかも知れない、という状況であった。 懸命の捜査にもかかわらず、犯人の手掛かりは無く、どれだけ守りを固めてもそれは根本の解決にはならない。 不安は澱のように人々の心に沈澱した。それが、世の中にどこか停滞した空気を招いていた。 当初は高い支持率を保っていた保守政権だった。 しかし、9月以降『隠岐島占拠事件』での西部方面普通科連隊による奪還作戦、相馬市騎馬自警団と武装集団による『相馬攻防戦』。 捕獲された生体サンプルの争奪が原因となった『防衛医大炎上事件』等が立て続けに発生、国民は被害の大きさに衝撃を受け支持率は低下し続けていた。 「へば、申し送りの準備するべ」 「了解」 もちろん、日本国政府はただ手をこまねいているだけの組織では無かった。 依然として行方不明者の手掛かりは見つからないものの、過去データの洗い直しにより、武装集団や特異生物の出現前には、ある現象が発生することを突き止めていた。 特定雲の発生である。 規模の大小はあるものの、事件の前には必ずこの雲が発生していた。そして、数時間後には消滅することが分かった。 政府はこの報告を受け、防衛省、国土交通省、気象庁等の関係省庁に対応を指示した。 各省庁は折衝と調整を繰り返した結果、気象、航空管制、警戒その他あらゆるレーダー施設に、気象観測用のドップラー・レーダーを設置、さらに組織の枠を越えて緊急通報システムを整備した。 J-ALERTと連動したこの警報システムが運用を開始した11月以降、国民の被害は一件も報告されていない。 九戸三曹と晴山三曹も、このシステムの一部であった。 「晴山さん、今日明けだろ。田名部辺りの店で一杯やろうや?」 チェックリストに鉛筆を走らせながら、九戸が言った。しかし、晴山の返事は無かった。 「──晴山さん?何か用事でもあるんか?」 レーダー画面を見つめる晴山の肩は小刻みに震えていた。 「いや、ねえよ。有ったとしても、今日は山降りらんねぇわ」 「ん?──こりゃあ、大変だぁ!」 九戸が覗き込んだその画面には、時計回りに渦を巻く、雲のエコーがはっきりと映し出されていた。 青森県むつ市大湊浜町 大湊漁港 2012年 12月8日 8時02分 港は猛烈な地吹雪に曝されていた。明け方までの晴天が嘘のようであった。 県警本部からの出動命令を受けた、むつ市警察署の城守一郎巡査は、防寒具と防弾装備でまるまると着膨れた姿で、雪に抗っていた。 雪が彼の視界を奪っている。恐らく10メートル先の者すら見逃すだろう。彼は巡回を命じられたらものの、同伴する同僚と漁協の職員と共に、途方にくれていた。 「なんもみえね!」 「化けもんに襲われたらひとたまりもねえべ」 彼が持つMP-5J機関けん銃は、通常であれば信頼性の高い高性能サブマシンガンであったが、現状では作動するかどうかすら不明であった。 「本部、こちら移動04。地吹雪で何も見えません。巡回は不可能です」 『移動04、周辺は異常ないか?』 無線の声は、城守の癪に障った。思わず言い返していた。 「だーかーらー!なんもみえねって!」 その時、風が変わった。北から猛烈に吹き込んでいた風が、まるで台風の目に入ったかのように収まったのだった。 見上げると、青空すら見えた。 「お巡りさん!あれ!あれ!」 漁協の職員が、怯えた声で叫んだ。城守が彼の指差す方向──海の方向を見ると、そこには一人の人間がいつの間にか現れていた。城守は思わずつぶやいた。 「……雪女がでた」 突如生まれた無風の空間で、その人物は粉雪と風を身に纏っていた。ゆったりとした薄緑色の長衣が風に舞う。長衣から覗く手足は、細くしなやかな様子が窺えた。肌は雪よりも白い。 唖然として動けない城守達に向けて、体重を感じさせない軽やかな足取りで、その人物は歩み寄った。 渦を巻く風で、長い金色の髪がふわりと宙を舞った。柔らかな髪に隠れていた顔が露わになる。 この世の者では無い、と城守は思った。余りに美しかった。猫のように大きな瞳が彼を興味深そうに見つめていた。年の頃は十代半ばであろうか。小さな口元に僅かに緊張の色が見て取れた。 城守は、まじまじと見つめられ、頬を寒さ以外の理由で染めながら「やっぱり、この世界のもんでねえ」と思った。 その人物の耳は長く尖っていた。 「あんた、何もんだ!この吹雪はあんたの仕業か?」 城守は尋ねた。答えが返ってくることは期待していない。正体不明の武装集団は、誰も彼も言葉が通じないのだ。 目の前に立った長衣の者は、鈴の音を思わせる声で、だが堂々と名乗りをあげた。 「わたくしは、リユセ樹冠国、西の一統リューリ・リルッカ。帝國に抗う南瞑同盟会議の命により、乞師として罷り越した。異世界の方よ。この国の宰相閣下にお目通り願いたい」 リューリと名乗ったその言葉は、確かに異国の言葉であった。だが、何故か城守には古風な名乗りが理解できた。 この日より、二つの世界は縁を結び、日本国は長い戦いに踏み込むことになる。
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ヨークタウン ◆vpdKySpD2.:2013/11/18(月) 09 25 40 ID 0WgIVZhA0 第268話 燃ゆる大洋(前編) 1485年(1945年)12月7日 午前8時 レビリンイクル沖北北東250マイル地点 第5艦隊旗艦ミズーリの作戦室では、前日に引き続き、第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将を始めとする司令部幕僚達が集まり、 机に広げられた地図を見ながら協議を行っていた。 「索敵線ですが、敵機動部隊の大元の位置が判明しておりますので、幾分範囲を狭めております。」 航空参謀のエルンスト・ヴォーリス中佐は、海図上のある範囲を指示棒の先で撫で回しながら、フレッチャーに説明する。 「索敵機は何機出している?」 「18機であります。」 「……艦隊の前方160度方向を索敵するから、18機でも大丈夫という訳か……」 「念のため、第2段索敵隊の16機も発艦させ、敵艦隊の位置情報の裏付けに当たらせています。」 「第1段索敵隊は、20分後に索敵線の先端に到達します。」 参謀長のアーチスト・デイビス少将が口を開く。 「今日の最大進出距離は400マイルに定めております。敵機動部隊も前進を継続している事を考えますと、彼我の距離は長くても 400マイル……短ければ360マイル程度にまで縮まっている事でしょう。」 「距離が短ければ、その分、パイロットの負担も減るからな。昨日の攻撃がいい例だった。」 「昨日の夜間攻撃は確かに成功しましたが……未帰還機が思いの外出ましたからな。」 TF58は、昨日の深夜に敵機動部隊へ向けて72機の夜間攻撃隊を発艦させた。 敵機動部隊への攻撃を成功させた攻撃隊は、午前4時30分にはTF58に帰還して来たが、帰還機はF8F12機、TBF20機、SB2C10機の計42機であった。 実際に撃墜された機は16機で、全てアベンジャーとヘルダイバーであるが、帰路、損傷の酷かったベアキャット2機、ヘルダイバー6機、アベンジャー6機が脱落し、 海面に不時着した。 脱落機はいずれも、機動部隊から100マイル前後の距離で力尽きていた。 TF58司令部は、この損耗率の高さは、無理な長距離夜間攻撃を敢行した事にあると結論付けている。 現在、脱落機のパイロットは、レビリンイクル沖北北東付近の散開線に布陣した、潜水艦アイレックスを始めとする10隻の潜水艦が救助活動を実施中である。 10隻中5隻はアイレックス級潜水艦であり、状況によっては、水上機を発艦させて捜索を行う事も考えられていた。 とはいえ、敵機動部隊との距離があと100マイルほど近ければ、脱落機の大半は無事、母艦に戻る事が出来たであろう。 「長官。本日発艦予定の第1次攻撃隊は、TG58.1、TG58.2、第2次攻撃隊はTG58.1、TG58.3の艦載機を主力にしております。 数は第1次攻撃隊が204機、第2次攻撃隊が340機となっております。」 「第2次攻撃隊の発艦は1次攻撃隊の何分後を予定している?」 「30分後を予定しております。」 フレッチャーの質問に答えつつ、ヴォーリス中佐は海図上の敵の駒に指示棒の先を当てた。 「第1次攻撃隊は、敵機動部隊上空に張り付く敵迎撃機の減殺と対空火力の排除を中心に行わせます。竜母や戦艦といった主力艦は狙いません。」 「レーミア沖海戦時の戦法をここでも使う訳だな。」 「その通りであります。第2次攻撃隊は、対空火力が減殺された敵竜母群に全力で突っ込ませます。第2次攻撃隊の編成は攻撃機が主力となっており、この内、 新鋭機のA-1Dスカイレイダーを172機投入します。爆装機は1000ポンド爆弾3発、雷装機にはMk13魚雷2本ずつを搭載しますから、第2次攻撃隊だけで 敵1個竜母群を確実に壊滅状態に陥れる事が出来ます。」 「凄まじい打撃力だ。」 フレッチャーは、スカイレイダーの非常識な搭載量に半ば感嘆する。 「本来であれば、この破壊力は昨日の内に発揮されている筈だったが……索敵失敗で振り上げていた拳を振り下ろす事が出来なくなってしまった。辛うじて、 夜間攻撃隊が敵竜母3隻を撃破してくれたが、こっちも正規空母2隻を敵の攻撃で損傷させられ、後退せざるを得なくなっている。今日こそは、昨日と同様の 失態を犯さぬようにしたい物だ。」 「ハッ。心得ております。」 フレッチャーの戒めるような言葉に対して、ヴォーリスは短いながらも、芯の通った口調で返答する。 「現在、索敵機は往路の3分の2を過ぎた辺りを飛行していますな。距離は320マイル程になります。攻撃隊を発艦させるには、長い距離でも360マイル程の 位置にが最適でしょう。その辺りに、敵機動部隊がおればいいのですが……」 作戦参謀のジュレク・ブランチャード中佐も口を開いた。 「攻撃隊の各機は、敵艦隊攻撃の際に必ずと言って良いほど、敵の対空砲火で損傷します。これまでの戦闘で明らかになった事ですが、損失数の30%以上は被弾によって 生じた燃料流出による燃料切れ。そして、そこから起こる洋上への不時着が原因です。また、厳冬期の航空作戦は、被弾機から脱出したパイロットの体力を短時間で奪って しまいます。損傷機並びに、パイロットの生存率を上げる為には、出来る限り距離を詰めたい所です。」 「私も作戦参謀の言う通りだと思う。レーミア沖海戦でも、被弾機のパイロットが極低温の海水に長時間浸かった為に、救助が駆け付ける前に息絶えた者が少なく無かった とも聞いている。だが……敵さんがどの辺りにいるかまでは我々が決める事は出来ん。状況次第では、最大進出距離ギリギリの所に敵機動部隊が居たとしても、攻撃を強行 しなければならん。母艦航空隊のパイロット達には酷な話だが……」 「昨日の夜間攻撃がそうでしたな。とは言え、やらねばならないでしょう。」 「そうだな。」 ブランチャード中佐に対し、フレッチャーは頷きながら返す。 「長官。少しばかり提案があるのですが、宜しいでしょうか?」 「参謀長、どうしたね?」 「はっ。今回の作戦では、攻撃の主目標はシェルフィクルにありますが、同時に、シホールアンル海軍の主力部隊に会敵した時はこれも撃滅する。という方針でしたな?」 「その通りだ。」 「……差し出がましいかもしれませんが……ここは、後顧の憂いを断つ為に、レビリンイクル列島の敵ワイバーン基地を爆撃しては如何でしょうか?」 「参謀長。私としてはその案に賛同しかねます。」 デイビス少将の提案に対して、ヴォーリス航空参謀が即座に異を唱える。 「今回の作戦では、敵の大工業地帯だけではなく、敵主力艦隊の撃滅という2つの任務を課せられています。TF58の戦力は確かに強大ですが、昨日の空襲では正規空母2隻を 戦列から失い、余裕がややなくなっております。今後は敵機動部隊との決戦に集中しなければならない所に、後方の敵飛行場を攻撃するという策は、戦力分散の愚を犯す事に なりかねませんか?」 「私も航空参謀の意見に同意します。」 ブランチャード中佐もデイビス少将に噛み付く。 「敵機動部隊との航空戦が始まれば、我が方も確実に母艦戦力をすり減らされます。TF58の対空火力は強大ですが、これまでの戦訓から見て、少なくとも空母4、5隻程度は 脱落する可能性があります。航空機の損耗も少なくないでしょう。そこに、レビリンイクル列島の敵飛行場攻撃を行うのは賛成しかねます。」 「……しかし、レビリンイクル列島の敵飛行隊は、昨日来襲して来た飛行隊だけではないかもしれない。敵信班は魔法通信傍受器を使って敵情の分析に当たっているようだが、 シホールアンル側は以前と違って、重要な情報には暗号らしき物を使って交信しているため、以前のように敵から情報を得る事は出来なくなったと聞いている。昨年の 第一次レビリンイクル沖海戦でも、敵航空戦力の数を見誤った事でTF37が壊滅的打撃を受けているではないか。長官……」 デイビス少将はフレッチャーに顔を向ける。 「航空参謀と作戦参謀は反対しておりますが、私としてはやはり、レビリンイクルの敵飛行場は叩くべきかと。もし、艦載機発艦準備中にレビリンイクル方面から来襲されれば、 目も当てられません。確かに、我が艦隊には早期警戒機も配備され、絶えず警戒しておりますが、これも完全とは言えません。いつ、どこかで隙は生じます。そこを、敵に上手く 衝かれたら、機動部隊に被害が及ぶことも考えられます。」 「……ふむ。」 「一部の空母群をレビリンイクル攻撃に差し向け、あとは敵機動部隊への攻撃に集中する事で対応は可能です。私としては、TG58.5にレビリンイクル攻撃を行わせ、 TG58.4も含めた4個任務群で敵機動部隊を攻撃すれば対応できると考えますが……長官。」 「参謀長。レビリンイクルの敵は、本当に打って出て来るのかね?」 フレッチャーは、レビリンイクル列島を見つめながらデイビスに問うた。 「は……その辺りは、確証は持てません。ですが、残存兵力が残っている限りは、確実に攻撃隊を飛ばして来るかと思われます。」 「すぐに……かね?」 「すぐにとまではいかないでしょう。ですが、敵機動部隊から発艦した攻撃隊と、シェルフィクル付近の飛行場から発進した飛行隊と共同で我が艦隊を攻撃する可能性は 非常に高いかと思われます。それを防ぐために、せめてレビリンイクル列島の敵航空基地はこちらが先制攻撃を行い、同地の敵拠点を覆滅し、敵の手数を減らした方が よろしいかと。」 「ふむ。君の言う通りだな。」 フレッチャーは大きく頷いた。 「参謀長の言う案の通り、後顧の憂いは断った方がいいかもしれんな。」 「長官、では……一部の空母群はレビリンイクルへ?」 ヴォーリスがどこか抑えるような口調でフレッチャーに聞いて来る。 それに対して、フレッチャーは首を横に振った。 「いや、空母群は差し向けない。レビリンイクル?そんな物は知らんさ。」 フレッチャーは、置いてあった指示棒を掴み、先を敵機動部隊の方向へ向けた。 「TF58は、戦闘可能な空母群を全て、敵機動部隊攻撃に投入する。昨日の攻撃で削ったとはいえ、第1時、第2次攻撃を終えても、敵には多数の竜母と 航空戦力が残るだろう。そうなれば、必然と追い討ちをかける必要がある。私としては、本日の夕方までに敵の竜母を10隻ほど撃沈破させたい。特に、 敵機動部隊の主力である正規竜母は全て撃沈するか、戦闘不能にして後退させる必要がある。そのためには、1機でも多くの攻撃機が必要になるだろう。」 「ですが司令官。レビリンイクル列島の航空基地には、昨日来襲して来た部隊とは別の部隊が配置されている可能性もあります。昨日の生き残りと共に TF58へ攻撃隊を差し向ける可能性も考えなければ。」 「確かにそうかもしれん。だがな、参謀長……レビリンイクルの敵飛行隊がこちらが襲ってくることを見越して、迎撃機だらけの編成で待ち構えている事も 考えられんか?」 フレッチャーの言葉を受けたデイビス少将は、うっと呻いてから口を閉ざす。 「仮にTG58.5の攻撃隊を繰り出すとしても、1度に飛ばせる数は440機中半数の200前後だ。これでも侮れん航空戦力だが、攻撃隊を出す以上、 こちらも反撃を受けて消耗する。そして、その間は敵機動部隊へ向けられる戦力が少なくなってしまう。正直言って、レビリンイクル列島の敵航空隊は 脅威と言えば脅威であろうが、艦体防空用の戦闘機を100機前後置けば何とか対応は可能だ。例え空襲を受けたとしても、こちらの迎撃で削りに削って やればいいだろう。TG58.5に敵が来れば、それこそ、レビリンイクルの航空隊を壊滅させるチャンスだ。また、TG58.5にはウースター級もいる。」 「……ウースター級は確かに強大な防空火力を有していますな。かの艦の威力は折り紙付きですから、防御には最適でしょうな。」 「そうだ、参謀長。TF58は、レビリンイクルの敵に対しては防御に徹し、敵機動部隊に対しては積極的に当たっていく。敵艦隊さえ退ければ、 シェルフィクル攻撃の道は切り開かれる。レビリンイクル攻撃に関しては、作戦終了後、燃料、弾薬に余裕がある場合に攻撃を行うか否かを再検討しよう。 今は、敵機動部隊を叩く事に専念しよう。」 フレッチャーの意志は固く、参謀長は自らの示した案を引き下げざるを得なかった。 「そうなりますと、第2次攻撃終了後に新たな攻撃隊を編成する事になりますが、こちらの方はやはり、TG58.4とTG58.5が主軸になりますな。」 「攻撃機の編成はTG58.5を主力にしたほうが良いだろうな。TG58.4で攻撃隊の編成に加われそうな空母は、ゲティスバーグしかおらんからな。」 フレッチャーは眉間に皺を寄せながら、ヴォーリス中佐に言った。 「となりますと、第3次攻撃隊は250~300機前後の数で構成される事になりますな。」 ヴォーリスが頭の中で2個空母群の残存空母と搭載航空団の構成を思い出しながら、フレッチャーに言う。 「第2次攻撃隊がどれだけ敵の竜母を削れるか……上手く行けばよいが。」 フレッチャーは、心中で不安を感じながらそう呟いた。 そこに、通信士官が作戦室に入室して来た。 通信士官は、通信参謀のエイル・フリッカート中佐に一声かけてから、携えていた紙を手渡した。 「長官。TF58司令部より緊急信です。」 「読め。」 「ハッ!緊急、TG58.2所属のピケット艦が敵偵察騎をレーダーで探知せり。位置は艦隊の北北東130マイル、方位12度。飛行高度は約4000。 現在、哨戒中のCAPが敵騎と交戦を行っているようです。」 その瞬間、室内の空気が一気に引き締まったように感じられた。 「……距離からして、艦隊は発見されていないでしょう。ですが、敵の偵察騎は我が方の戦闘機に襲われた事を必ず、母艦に報告している筈です。」 「報告が届いていれば、偵察騎の途絶えた位置からTF58までの位置を大まかにながら掴む事が出来る。恐らく、敵機動部隊の指揮官はこれまで、 合衆国海軍を相手にして来た歴戦の強者だろう。これは、先手を取られたかもしれんぞ。」 「それに対して、こちらは敵艦隊の発見はおろか、偵察機が敵ワイバーンと接触すらしていません。急いで敵を見つけなければ……。」 「……航空参謀。偵察隊が最大進出距離に達するまで、あと何分だね?」 「現在位置は、330マイル地点を飛行中ですから、現在の推定飛行速度と到達予想時刻を推測した場合……あと40分で引き返し地点に到達します。」 「敵機動部隊から攻撃隊が発艦し、こちらに向かうまでは……敵機動部隊との距離が最悪、400マイル前後と仮定して2時間弱。万が一、索敵隊が 敵を見落とし、敵機動部隊が340、または350マイル程の距離に居た場合は1時間30分足らずか………」 フレッチャーはしばし黙考したあと、航空参謀に視線を向けた。 「航空参謀。」 「ハッ!」 「偵察機が何も見つけられずに折り返し地点に到達し場合。TF58は全力で防衛に当たってもらう。その際、攻撃隊の艦爆、艦攻からは爆弾、魚雷を 速やかに取り外すと同時に、動員可能な戦闘機全てを上げ、敵編隊来襲に備えさせよう。」 午前8時20分 レビリンイクル沖北北東610マイル地点 第4機動艦隊司令官ワルジ・ムク大将は、旗艦であるホロウレイグの艦橋内で、険しい表情を浮かべながら幕僚達と協議を重ねていた。 「偵察機の情報から推測するとなると、敵機動部隊は撃墜されたと思しき位置から30~40ゼルドに居るのは確かだろう。だが、その位置が南方よりなのか、 それとも東よりなのか……果ては西よりなのかはまだはっきりしていない。位置が正確にわからない以上は、無理に攻撃隊を発艦させるべきではない。急行している 偵察騎からの情報を待ってからでも遅くは無いだろう。」 ムク大将は、攻撃隊発進を促す幕僚達に対して慎重論を唱えた。 「しかし、シェルフィクル基地所属の飛行隊は1時間前に発進を終え、推定位置に向けて進撃中であります。現在の位置は敵機動部隊の予想位置より130ゼルド手前です。 このままいけば、1時間30分以内には敵に接触できるでしょう。今の内に我が艦隊も艦載騎を発艦させれば、陸軍飛行隊と合同で敵を攻撃できます。」 「だがな航空参謀。推定位置は推定位置にしかすぎんぞ。もしここで、攻撃が空振りに終わったらどうなるのだ?陸軍飛行集団と我が艦隊の攻撃隊、総計600以上の攻撃が 空振りに終わりかねんのだぞ?先走った陸軍飛行隊はともかく、我が艦隊だけでも、正確に位置を突き止め、確実に敵を叩くべきだ。」 「しかし、敵機動部隊の戦力は強大です。昨日は敵空母2隻を撃沈破させましたが、こちらも敵機動部隊の夜間空襲で正規竜母ランフックと小型竜母2隻が脱落しています。 これによって、艦隊の保有航空戦力は960騎から800騎に減少しています。」 昨日の戦闘では、レビリンイクル列島駐留の第402、409空中騎士隊が敵空母1隻を撃沈、1隻を大破させたが、その直後、第4機動艦隊も敵機動部隊から発艦した夜間攻撃隊の 襲撃を受け、正規竜母ランフックと小型竜母マルクバ、エランク・ジェイキが大破した。 特にランフックは、一時期は沈没確実と思われるほどの大損害を被ったが、奇跡的に浸水が収まった。 その後、懸命の復旧作業のおかげで、後進状態であるならば4リンル(8ノット)の速力で航行が可能にまで回復した。 現在はマルクバとエランク・ジェイキと共に駆逐艦4隻の護衛を受けながら後退している。 戦闘開始早々、正規竜母の喪失という大失態を免れたのは不幸中の幸いと言えた。 だが、第4機動艦隊は竜母3隻が脱落した影響で航空戦力が著しく低下しており、特にワイバーン90騎を搭載していたランフックが、この夜間攻撃で脱落した事は大きな痛手であった。 「ランフックが抜けた分、艦隊の攻撃力、防御力はかなり削がれている。だが、それでも第1次、第2次合わせて500騎は敵に向けて飛ばす事が出来る。その500騎の攻撃力だけでも、 敵に正確にぶつけたいものだが……」 「司令官!第3群司令部より意見具申!直ちに攻撃隊発艦の要ありと認む。以上です。」 「……まさか、エルファルフが急かして来るとはな。」 ムク大将は、意外そうな口調でそう呟いた。 第4機動艦隊第3群は、竜母クリヴェライカに司令部を置いており、指揮官であるクリンレ・エルファルフ少将は物静かな青年提督として知られている。 だが、そのエルファルフ少将が攻撃隊の発艦を促すとは全く予想しておらず、誰もが意外に思っていた。 「ですが、エルファルフ提督の気持ちも理解できます。大まかとは言え、位置はほぼ特定しておるのです。あとは、周辺海域に急行中の索敵騎の情報を待ちながら攻撃隊を 発艦させても良いでしょう。」 「ううむ………」 ウークレシュ少将の言葉がムク大将の耳に入るが、ムクは尚も悩んでいた。 「司令官。決断して頂きます。」 ウークレシュ少将は、悩むムク大将の心境なぞ知らぬとばかりに決断を迫って来た。 「………参謀長。私の性には合わんが……ここは運が良い事を賭けてみるしかないか。」 「司令官。運も何も……我々がやる事は2つに1つ。勝負に勝つか負けるか、であります。」 「……そうだったな。」 ムクはそう言うと、微かに頷いてから伏せていた顔を上げる。 「各群に通信!攻撃隊、発進せよ!」 午前8時45分 レビリンイクル沖北北東270マイル地点 第5艦隊旗艦ミズーリの作戦室に、待ちに待った情報が飛び込んで来た。 「長官!リプライザルの索敵機より敵発見の報告が入りました!」 「遂にか。」 やや興奮気味なフリッカート中佐とは対照的に、フレッチャーは平静な表情のまま報告を受ける。 「敵は我が艦隊より北北西約370マイル付近を時速28ノットの速度で南下しているとの事です。それから、敵機動部隊からは、ワイバーンが 大挙発艦中との事です。」 「先ほどの偵察騎撃墜の報告に反応したようですな。」 デイビス少将がポツリと言う。 「となると、こちらの正確な位置は掴んでいない可能性があるな。とは言え、我が艦隊には別の敵偵察騎が接近しつつあるだろう。こちらの位置が 敵に掴まれるのも時間の問題だな。航空参謀!」 「ハッ!」 呼ばれたヴォーリス中佐がフレッチャーの顔を見つめる。 「各任務群に通達。攻撃隊、順次発艦開始。TG58.4は稼働戦闘機全機をもって迎撃戦闘に参加せよ。」 「アイアイサー!」 フレッチャーの命令は、直ちに各任務群へと伝わった。 既に、TG58.1,TG58.2の2個空母群の飛行甲板上で待機していた第1次攻撃隊204機はいつでも発艦できる状態にあり、命令が伝わるや、 待機室に居たパイロット達が我先にと飛行甲板に躍り出し、愛機に飛び乗っていく。 暖機運転を終えていたエンジンが再び唸り上げながらプロペラを回していく。 回転速度は一瞬にして跳ね上がり、各母艦の甲板上で大馬力エンジンの放つ轟音が猛々しく鳴り響く。 任務群旗艦から指揮下の艦へ風上に向けて航行するように命令が下ると、やや間を置いて、全艦が西の方角に舵を切り始める。 TG58.1やTG58.2だけではなく、TF58指揮下の任務群全てが西に向けて順次転舵していく様は、巨大な海獣が獲物を見つけ、その大きな体を くるりと回すような感があった。 艦首より吹き込まれる風が合成速力を生んでいく。 真冬の北の海は波がやや高いものの、晴天という事もあってか、航行には何ら不自由は無かった。 艦長の号令が下るや、艦橋上の赤いランプが青に切り替わった。 甲板要員が顔の前に掲げていたフラッグを大きく振りかぶった後、各母艦の1番機が轟音を発しながら滑走していった。 第1次攻撃隊204機の発艦作業は、午前9時に終了した。 その後、大急ぎで第2次攻撃隊340機の発艦準備が始まり、各母艦の兵器員や整備員、甲板要員達は、体の疲労感を感じさせぬ動きで作業を進めていった。 午前10時15分 レビリンイクル沖北北東300マイル地点 アメリカ、シホールアンル軍双方が攻撃隊を飛ばしてからほぼ2時間後。 最初に攻撃位置に付いたのは、シホールアンル側であった。 シホールアンル陸軍第45戦闘飛行団の指揮官を務めるフェンクル・クレゴート少佐は、眼前に広がる多数の機影を前にして身震いした。 「なんて数だ……あんな大群に襲われて、果たして無事に敵艦隊へ辿り着けるのか……」 クレゴート少佐は、不安を滲ませた口調で言う。 現在、第45戦闘飛行団は、所属基地であるシェルフィクル基地から飛び立った第58攻撃飛行団と第411空中騎士隊と共に敵機動部隊へと向かいつつある。 シェルフィクル基地には、この2個ケルフェラク隊、並びに1個空中騎士隊の他に、第402空中騎士隊と第409空中騎士隊も在籍していたが、この2個空中騎士隊は 3週間前にレビリンイクル列島のホースコ島の基地に移動していたため、攻撃はシェルフィクル基地に残っている3個飛行隊で行う事となった。 シェルフィクル基地に司令部を置く第54混成飛行集団は、この5個飛行隊で構成されている。 昨日の夜間戦闘では、既に第402、409空中騎士隊が空母1隻撃沈、1隻大破、護衛艦8隻撃沈破という大戦果を挙げているため、クレゴート少佐を含む将兵達は、 次こそは我らがとばかりに、大いに士気を上げた。 だが、眼前の敵迎撃機はなかなかに数が多く、この迎撃網を突破するには相当の損害が出るかと思われた。 「海軍の竜母部隊から発艦したワイバーン隊も後ろから近付いている。連中はそこにも戦闘機を差し向けて居る筈だが……」 クレゴート少佐は眉間に皺を寄せながら独語していく。 シェルフィクル基地所属の攻撃隊の背後には、第4機動艦隊から発艦した攻撃隊も続いている。 元々は第54混成飛行集団の所属隊のみで進撃していたが、第4機動艦隊の付近を通りかかる際、偶然にも発艦を終えた艦載ワイバーン群と合流を果たしていた。 その第4機動艦隊側の指揮官騎から、先ほど、敵戦闘機の触接を受けるという報告が入っていた。 今頃は、ワイバーン隊の眼前にも多数の米戦闘機が迫りつつあるのであろう。 とはいえ、眼前の敵機の数は、少なめに見積もっても150機以上は居る。 対して、第45戦闘飛行団はケルフェラク56機。ワイバーン隊は出撃騎102騎のうち、戦闘ワイバーンは64騎のみ。 計108機で、第54攻撃飛行団のケルフェラク54機、第411空中騎士隊の攻撃ワイバーン48騎を守り抜かればならなかった。 「指揮官騎より各騎へ。敵迎撃機が接近!ケルフェラク隊、戦闘ワイバーン隊は一部の護衛を残し、敵の迎撃部隊を殲滅せよ!」 攻撃隊指揮官を務める第411空中騎士隊の指揮官が命令を伝えて来た。 クレゴート少佐は、コクピットの右側にある四角の箱に向けて了解と返しながら、頭の中でどの隊を敵編隊にあてるか、瞬時に考えていく。 「……こちら指揮官機。各機に告ぐ。聞いての通りだ。これより、敵さんを迎え撃つ。第1、第2中隊は編隊より離れ、敵に向かう。第3中隊は攻撃隊の護衛に当たれ。 本部小隊は俺と共に敵機狩りだ!」 「「了解!」」 部下達からの応答を聞いたクレゴート少佐は、ぶら下げていた空気マスクを口元に取り付け、愛機の速度を速めていく。程無くして、直率の小隊と共に編隊から突出し始めた。 彼の直率小隊に習うかのように、第1中隊、第2中隊の36機が編隊から離れていく。 視線を右前方のワイバーン隊に移すと、そこでも敵機に向かうワイバーンの姿があった。 数は50以上はいるであろう。 「数的にはなかなかの勢力だが……やはり、敵の方が多すぎるな。」 クレゴート少佐は舌打ちしながら呟くが、戦闘開始までは時間が無かった。 この時、第54飛行集団は高度2000グレル(4000メートル)を維持しながら飛行していたが、米側は3000グレル程(6000メートル)の高度で 彼らを待ち構えていた。 位置的には、アメリカ側が有利であった。 増速したワイバーン隊がケルフェラク隊よりも先に接近していく。 目視から10分足らずの内に、制空戦闘が始まった。 ワイバーン隊に遅れる事1分半……ケルフェラク隊も米戦闘機隊との戦闘に突入した。 ケルフェラク隊は、上方から突っ込んで来る米戦闘機隊を下方から迎え撃つ。 クレゴート少佐は、ある敵戦闘機に狙いを付ける。 (あの小柄な形……あれが、噂のベアキャットと言う奴か。) 彼は、眼前の敵戦闘機の形を見るなり、心中でそう思った。 クレゴート少佐は、今では貴重種と揶揄されているケルフェラク隊初陣時から前線に居る古強者であり、過去に幾度か、アメリカ海軍の戦闘機ともやりあっている。 これまでの経験上、ヘルキャットやコルセアは無骨さを感じさせる姿をしていた。 だが、目の前の敵戦闘機は、ヘルキャットやコルセアと違って、機体が小さく、動きが良さそうな感じがした。 (今日初めて戦う事になるが……貴様の力、見せて貰うぞ!) クレゴート少佐は敵戦闘機に心中で語り掛けながら、距離200グレルに迫った所で魔道銃の発射ボタンを押した。 ケルフェラクの主翼に搭載された4丁の魔道銃が光弾を吐き出す。 敵機を包み込むようにして吐き出された光弾の一部は、過たず敵新型戦闘機に突き刺さった。 光弾が突き刺さると同時に、敵戦闘機も両翼から機銃を発射したが、これはクレゴート機を捉えることが出来ず、両者はそのまま高速ですれ違って行った。 彼は次に、別の敵戦闘機に狙いを付け、短い連射を叩きこむが、これは惜しくも外れてしまった。 敵戦闘機との正面戦闘は短時間の内に終結し、クレゴート少佐は5機に魔道銃を放ち、2機に命中弾を与えていたが、撃墜には至らなかった。 最初の儀式とも言える正面戦闘が終わった後、ケルフェラク隊は反転して敵戦闘機に向かう。 この時、40機いたケルフェラクは36機に撃ち減らされていた。 敵戦闘機もまた、反転してケルフェラクに向けて突進して来る。 米戦闘機隊もまた、正面戦闘で2機が撃墜され、4機が被弾して戦線離脱を図っていたが、数は50機以上と多いため、躊躇う事無く再戦を挑んで来た。 「ここからは2機ずつに散開しながら敵機と当る。クスブナとヴェニはペアを組んで敵と当れ!ポリトヴ、行くぞ!」 「了解です!任せて下さい!!」 クレゴート少佐の2番機を務めるポリトヴが威勢の良い返事を響かせる。 クレゴート少佐は28機撃墜の古強者だが、ポリトヴ中尉もまた、44年春から今年の8月までの間に、17機の敵を撃墜したベテランである。 新型機との空戦を戦う準備は整ったと、クレゴート少佐は確信した。 反転した敵戦闘機隊との空戦が始まった。 ベアキャットとケルフェラクの戦闘は、当初、ほぼ互角に推移していた。 クレゴート少佐とポリトヴ中尉のペアに関しては好調とも言える程で、最初の攻撃でワイバーン編隊に向かおうとしていたベアキャットの2機編隊の背後を 取る事に成功した。 ベアキャットは、背後に迫った2機のケルフェラクに気付くと、すぐに右旋回を行い、ケルフェラクの背後を取りにかかった。 だが、この2機のパイロットはまだ実戦経験が浅かった為か、ケルフェラクに後方200メートル以内に接近されるまで気付かなかったことが命取りとなった。 「遅い!!」 クレゴートは、愛機の姿勢を傾け、反応の鈍い敵戦闘機の未来位置に光弾を弾き出した。 ポリトヴ中尉もまた、クレゴートが狙った敵機目がけて魔道銃を放つ。 1機4丁、計8丁の魔道銃から放たれた光弾がベアキャットの未来位置に注がれ、敵機のパイロットが自らの失敗に気付いた時には、機首からコクピット上面部、 後部と、ほぼ満遍なく光弾が命中していた。 敵戦闘機はコクピットを鮮血に染め、左右の主翼から真っ白な煙を吐きながら墜落して行った。 (主翼部分にも7、8発は当たったはずだが、それでも火を噴かんとは。ナリは小さいが、防御力はヘルキャット並みか……畜生!) クレゴートは心中で毒づきながらも、すぐに狙いを2番機に向ける。 2番機は僚機のあっけない最期に恐れを成したのか、急降下で戦域を離脱し始めた。 「腰抜けは放っておけ!!」 「了解です!お、隊長!6時方向から突っ込んできます!」 「左にかわすぞ!」 クレゴートは素早く指示を飛ばしながら、愛機を緩やかな右旋回から左旋回に移行させた。 ケルフェラクが旋回を始めた直後、背後から夥しい数の機銃弾が注がれて来た。 だが、敵機の放った銃弾はケルフェラクが旋回した事で全て外れ弾となった。 ケルフェラクの動きに合わせて、敵戦闘機も左旋回を行う。 「隊長!敵がくっ付いてきました!」 「やはり付いて来るか!」 クレゴートは舌打ちをしながらそのまま旋回を続ける。 機種は先ほどと同じく、ベアキャットである。 急旋回を行うクレゴートのペアに付かず離れずの位置を保っている。 クレゴートのペアは、ベアキャットのペアを相手に巴戦を演じていたが、それは3週ほど回った直後に終わりとなった。 「隊長!今行きます!」 唐突に、受信機から声が響くと同時に、後方に付き纏っていたベアキャットがいきなり旋回を止めた。 そのベアキャットの上方から光弾の嵐が打ち下ろされた。 不意打ちを食らったベアキャットだが、避けるタイミングが早かった為か、光弾は1発も命中しなかった。 新手が現れた事で不利と悟ったのか、2機のベアキャットは旋回降下しながら空戦域から離脱していった。 「隊長!ご無事ですか!?」 聞きなれた声が響くと同時に、クレゴート機の右斜めに2機のケルフェラクが並走して来た。 「その声はヴェニか。そっちは大丈夫か?」 「うちらはなんとか大丈夫ですが、他の連中がかなり苦戦しています。」 クレゴートはヴェニから聞いた後、周囲を眺め回した。 「……くそ、やはりベアキャット相手では、余程上手くやらん限り厳しいか……!」 彼は眼前に広がる光景を前に、歯噛みしながら言葉を吐き出した。 空戦開始から15分程経った頃には、シホールアンル軍航空部隊は優勢な米艦載機隊に対して非常に苦しい戦闘を強いられていた。 クレゴートのように上手く立ち回り、ベアキャットを叩き落すケルフェラクやワイバーンも居るには居るのだが、ベアキャットは持ち前の機動性と綿密な 連携力を活かして、シホールアンル軍を押しに押していた。 ある1機のケルフェラクは、不幸にもベアキャットに格闘戦を挑んだために、逆に後ろを取られて無慈悲な攻撃を受け、撃墜されていく。 また、とあるワイバーンはペアを崩さずにベアキャット渡り合っていたが、敵はベアキャットのみならず、コルセアやヘルキャットといった“顔馴染み”も 多数混じっているため、ベアキャットの攻撃を凌いでも、コルセア、ヘルキャットの連撃に耐え切れず、遂には2騎まとめて撃墜されてしまった。 攻撃隊のワイバーンは、最新式の85年型汎用ワイバーンが大半を占めていたが、一部のワイバーン隊は従来の83年型汎用ワイバーンを使用しており、 第411空中騎士隊がその一部の部隊であった。 第411空中騎士隊はベアキャットを始めとする米戦闘機群の前に悪戦苦闘を強いられた。 敵の迎撃隊と当る前には、411空中騎士隊の戦闘ワイバーンは48騎を数えていたが、今では29騎にまで撃ち減らされていた。 苦戦しているのは制空任務を帯びたケルフェラク、戦闘ワイバーン隊のみではなかった。 元々、迎撃隊の数が多かった米側は、40機ほどの戦闘機を敵攻撃隊の本隊に殴り込ませていた。 敵戦闘機の大半は俊足を誇るベアキャットであった。 攻撃隊についていた護衛のケルフェラクやワイバーンが挑みかかるが、拘束できたのはせいぜい14、5機ほどで、20機以上の戦闘機は迎撃を受ける事無く、 猛然と攻撃隊に殴り掛かった。 ベアキャットの両翼に付いている20ミリ機銃4丁が、重い魚雷や爆弾を抱いたケルフェラクの機体に突き刺さり、大穴を開けて飛行能力を削いでいく。 機首のエンジン部分に被弾したケルフェラクが、被弾箇所から煙を吐きながら急速に速度を落とし、編隊から落伍していく。 そのケルフェラクは、重傷を負った事も気にせぬまま味方に付いて行こうとするが、別のベアキャットがとどめの一撃を繰り出し、ケルフェラクの右主翼を 叩き折った。 攻撃用のケルフェラクは、ヘルダイバーやアベンジャーを見習って後部座席に旋回機銃が設けられており、後部座席の搭乗員はそれを必死に撃ちまくった。 ケルフェラクは、編隊ごとに弾幕をはって米戦闘機の攻撃を食い止めようとする。 運悪く、1機のベアキャットが集中射撃を食らってしまった。 ベアキャットは機首や主翼に多数の光弾を受けた後、エンジン部分と右主翼から真っ黒な黒煙を吐き出し、攻撃を行う間もなく離脱にかかっていく。 ケルフェラク隊に被撃墜機が次々と出る中、攻撃ワイバーン隊もまた、ベアキャットに暴れ込まれ、次々と犠牲になっていく。 機銃弾は、最初は魔法障壁が弾いてくれるのだが、12.7ミリ弾とは違い、威力のある20ミリ弾は83年型ワイバーンの魔法障壁を数連射で吹き飛ばし、 ワイバーンと竜騎士を次々と射殺していった。 「こちら攻撃隊!敵戦闘機の攻撃が激しすぎる、このままじゃ全滅だ!」 「第3中隊に損害が集中している……ああ、また1騎落ちて行った。第3中隊はもう半分も残っていないぞ!」 「こちら第2中隊!中隊長が落とされた!護衛機をもっと増やしてくれ!!」 ワイバーン隊の竜騎士達は、爆発的に上がる損害の前に必死に救援要請を送る。 だが、制空隊も敵戦闘機との交戦に手一杯であり、攻撃騎隊に応援を寄越す余裕は無かった。 「クソ……こんな調子じゃ、一体どれだけの攻撃機が敵に辿り着けるんだ……」 苦戦する味方を前に、部下の1人が弱気な言葉を漏らした。 「狼狽えるな!今からでも遅くは無い。出来るだけ、多くの敵機を引き付けて攻撃機隊の被害を抑えるんだ!右上方に別の敵機だ。 攻撃機隊を狙っているようだぞ。まずは、あの2機を始末する。着いて来い!」 「「了解です!」」 クレゴート少佐のケルフェラクが先に速度を上げ、次にポリトヴ中尉も後を追っていく。 彼の言葉に勇気付けられた2機のケルフェラクもそれに続き、尚も攻撃機隊を狙うベアキャットに挑んでいった。 午前10時45分 レビリンイクル沖北北東285マイル地点 「敵編隊、我が艦隊に尚も接近中!戦闘開始まであと5分!」 第58任務部隊第2任務群の司令官であるマイルズ・ブローニング少将は、群旗艦である空母レンジャーⅡのCICで管制員の 口から飛び出た言葉を聞くなり、思わず眉をひそめる。 「投入可能の戦闘機420機を投入したのにもかかわらず、なお250騎以上の敵がこっちに迫っているか。」 「敵攻撃隊の3分の2近くは我が任務群に向かっております。迎撃隊は奮闘してくれましたが、やはり、数が多いと撃ち漏らしも多くなりますな。」 TG58.2司令部の航空参謀を務めるケネシー・グリント中佐がCIC内にある態勢表示板を見ながらブローニングに答えた。 TF58は、午前10時10分頃にピケット艦がレーダーで200機前後の敵編隊を探知した。 その5分後には、新たに300機以上の敵大編隊が続行している事が分かり、そのまた10分後にやや数が少ないながらも、200機以上の 敵編隊がその後ろから続いていた。 TF58は、この敵大編隊の来襲に対して、使用可能な戦闘機420機を投入して迎撃を行った。 迎撃隊の一部はまず、先発隊と思しき敵編隊に対して交戦を開始し、その後、後続の迎撃隊が次々と交戦に入った。 TG58.2からは、戦闘機108機が発艦して戦闘に加わっている。 空戦開始から30分以上が経った現在、迎撃隊は敵機130機を撃墜、98機に損傷を与え、うち半数を脱落させたと推測されているが、 こちらの被害も少なく無い。 指揮下にある各母艦からの報告を合わせた所、TG58.2が送り出した戦闘機隊は、108機中13機が撃墜され、ほぼ同数が被弾して戦線を 離脱しつつあると言われている。 損耗率は実に2割だ。 TG58.2の被害状況でこれであるから、TF58全体の被害ではかなりの物になっているだろう。 だが、敵に与えた損害も少なくなく、特に新鋭機のF8Fはケルフェラクの戦闘では常に優勢を維持し、ワイバーンとの戦闘でもほぼ互角に立ち回るなど、 期待に違わぬ奮闘を見せていた。 しかし、大量の戦闘機をもってしても、敵攻撃隊の完全阻止が叶わなかった。 「ここからは、艦隊自身が頑張るしかないな……」 ブローニングはしわがれた声でそう呟きながら、過去に経験した幾つもの海空戦を思い出す。 「これまでにも、母艦の戦闘機隊は敵の完全阻止を狙ってきたが、その度に押し通されて来た。だが、今日こそはそれも果たせると思っていた物だが…… やはり、一度に出す数には限度がある上に、一時に700機以上の敵編隊に襲われては、航空管制も飽和状態になる。正攻法で行く以上、敵編隊の 完全阻止は無理な話かもしれんな。」 「護衛艦の奮闘に期待するしかありませんが……せめて、ウースター級があと4隻あれば……」 「無い物ねだりしても始まらんさ、航空参謀。」 暗い表情で呟くグリント中佐に、ブローニングは苦笑しながら言う。 「それ以前に、TF58の主力を構成する5個空母群のうち、TG58.3とTG58.5には戦艦がいない。戦艦がいないとなると、使える対空火力も ぐんと減る。この2個任務群は、戦艦がいない穴を埋めるために、4隻しかないウースター級を均等に配置して貰っている訳だ。戦艦が配属されている 我が任務群は、TG58.3とTG58.5に比べればまだましな方だよ。」 「なるほど……確かに。」 「とは言え……あの凄まじい対空射撃の恩恵を受けられないのは、確かに寂しい物だ。」 ブローニングはため息交じりにそう言い放った。 午前10時45分には、TG58.2所属の駆逐艦群が、左右に別れて迫りつつあるワイバーン群に対して対空射撃を始めた。 TG58.2は、計169騎のワイバーンに襲撃されていた。 このワイバーン隊は第4機動艦隊から発艦したワイバーンであり、元々は第1次攻撃隊と第2次攻撃隊に別れて飛行していたが、第1次攻撃隊が 米戦闘機隊の猛烈な迎撃の前に編隊を乱され、前進速度が落ちた所に、20分遅れで発艦した第2次攻撃隊のワイバーンが合流した。 シホールアンル軍攻撃隊は、米戦闘機群の迎撃がひと段落した際に素早く再編成を試み、大多数の母艦飛行隊がそれに成功していた。 第4機動艦隊の攻撃隊は、大半がTG58.2に向かい、残りの40騎前後は第54混成飛行集団の生き残りと共に、TG58.1に向けて 突進していった。 第58任務部隊第2任務群に属している空母アンティータムでは、既に舷側の各機銃座に機銃員と給弾手が配置に付いており、いつでも戦闘が開始 できる状態にあった。 空母アンティータム艦長、エモンド・グローヴス大佐は、艦橋で駆逐艦群の対空射撃を浴びながら前進しつつある敵ワイバーン群を双眼鏡で確認する。 「左舷方向に7、80騎。右舷方向にほぼ同数と言った所か。いつものサンドイッチ戦法でTG58.2を押し潰すようだな。」 彼がそう呟いた時、5インチ砲弾の弾幕に絡め取られた1騎のワイバーンが急速に高度を落としていく。 ついで、もう1騎が高角砲弾の黒煙を突っ切る直前に新たな砲弾の炸裂を受け、体を一瞬のけ反らせてから海面に墜落していく。 犠牲を出しながらも、敵編隊は前進を続けていく。 対空射撃は、高度4000付近を飛んでいる敵編隊に注がれているが、それとは別に低空侵入の敵ワイバーン群に対しても、駆逐艦群は砲撃を続けている。 射撃を行っているのは、輪形陣外輪部の駆逐艦群だけではなく、やや内側を航行する巡洋艦群や戦艦も射撃に加わっている。 重巡洋艦ノーザンプトンⅡは、陣形の左側に陣取る戦艦アラバマと軽巡洋艦フレモントと共に敵編隊と交戦していた。 「左舷上方の敵騎、さらに1騎撃墜!」 ノーザンプトンの艦橋前に配置された5インチ連装両用砲を指揮するヤン・ハートレット少尉は、両用砲の後部にある観測口から身を乗り出し、 口元のマイクに向かって逐一報告を送り続ける。 「こちら1番両用砲。敵先発隊、尚も接近中。一部は7、8騎ずつの小編隊に別れつつあり。」 「1番両用砲はそのまま高空の敵騎へ砲撃を続行せよ。異変が生じたら別の指示を送る。」 「了解!」 ハートレット少尉は、口元に伝う汗をぬぐいながらそう返答しつつ、戦場の様相を見据え続ける。 今の所、戦闘は一方的であった。 ボルチモア級重巡の3番艦として建造されたノーザンプトンには、6基の5インチ連装両用砲と多数の40ミリ機銃、20ミリ機銃が付いているが、 ノーザンプトンは6基中4基の連装砲を敵編隊に向けて撃ち放っていた。 ハートレット少尉の目の前でも、両用砲は盛んに砲撃を行っている。急角度に砲身をかかげ、5秒から6秒おきに射撃を続ける様はなかなかに凄まじい。 耳栓替わりのヘッドフォンをしていなければ、短時間で聴覚を麻痺されてしまう程だ。 「もし、連中が対空艦潰しを任されていたら、そろそろ駆逐艦か……俺達に突っかかって来る頃だな。」 ハートレット少尉がそう呟いた直後、高空の敵編隊は予想通りの動きを見せた。 総計で2、30騎ほどの敵編隊は幾つかの小編隊に別れると、すぐさま急降下に移った。 その中の一部は、ノーザンプトンに向けて突進しつつあった。 「敵の一部がこっちに向かっている!目標変更!左舷上方より接近しつつある敵5機!」 砲術長の指示が、耳元のヘッドホンから響く。 「目標変更!左舷20度!全力射撃!!」 ハートレット少尉の指示が発せられるや、砲塔が僅かに動き、砲身が急降下しつつある敵機に向けられる。 目標を捉えた5インチ砲がすぐさま発砲を開始した。 敵機の前面でVT信管付きの砲弾が炸裂するが、その瞬間、魔法障壁が発動した光が発せられる。 至近弾を受けたワイバーンは何事もなく爆煙を突っ切って来たが、矢継ぎ早に放たれた別の砲弾が、またもや至近で爆発する。 先ほどの被弾で魔法障壁も限界だったのか、今度は砲弾の破片をまともに食らい、一瞬にして撃墜された。 細切れになった味方ワイバーンを気にする事なく、後続の敵騎は猛速でノーザンプトン目掛けて突っ込んで来る。 敵騎が高度2000メートルに降下したのを見計らって、待機していた40ミリ機銃、20ミリ機銃が一斉に火を噴く。 高角砲弾の猛射に加えて多数の機銃が放たれ、ノーザンプトンの上空には無数の曳光弾が吹き荒んだ。 これにはさしもの敵もたまらず、2番騎と3番騎が相次いで叩き落された。 残った2騎はなおも急降下を続けるが、高度1000メートル付近で更に1騎が撃墜された。 残った1騎は高度800付近まで降下してから爆弾を投下した。 通常は500~400メートル前後の低空まで突っ込んで来る敵にしては珍しく、及び腰の投弾となったが、不幸にも、この爆弾はノーザンプトン目掛けて 落下して来た。 「敵機爆弾投下!!」 ノーザンプトンの見張り員が絶叫めいた口調で艦橋に伝える。 艦長はすぐさま取舵一杯を命じたが、爆弾はノーザンプトンが舵を切る前に着弾した。 敵騎の投下した300リギル爆弾は、ノーザンプトンの右舷側艦首海面に至近弾として着弾した。 直撃弾では無かったものの、その衝撃は凄まじい。 ノーザンプトンⅡはボルチモア級重巡の一員として建造され、基準排水量14500トンを誇る大型艦であるが、先の至近弾は、その巨体を頼りなさげに 感じさせる程にまで揺さぶった。 ハートレット少尉は至近弾落下の際の衝撃で、観測口の縁に思い切り右肩をぶつけた後、足を踏み外して砲塔内部に落下してしまった。 衝撃が収まると、彼は慌てて歩み寄って来た給弾員達に引き起こされた。 「班長!大丈夫ですか?怪我はありませんか!?」 「肩とケツをぶつけてしまったが……何とか大丈夫だ。」 ハートレット少尉は右肩をさすりながら部下に答える。 「シホット共はうじゃうじゃと来ている。俺の体は心配せんでいいから、今は砲を撃ちまくる事を考えろ!」 「りょ、了解です!」 部下達は一様に頷くと、すぐさま持ち場に戻った。 「……まだ体は大丈夫だ。」 ハートレット少尉は、痛む右肩をあえて意識せぬまま、観測任務に戻る事にした。 ハシゴを上る際に、彼は外部から複数の爆発音を耳にしていた。 空母アンティータムの艦橋からは、輪形陣外輪部の駆逐艦部隊と、巡洋艦群が次々と爆撃を受ける様がはっきり見る事が出来た。 「ド・ヘイブン、ビートン・ローズ、フェン・エリクス被弾!ビートン・ローズが落伍していきます!!」 「ノーザンプトンに至近弾!フェアバンクス被弾!火災発生しました!!」 「……数は減っていようが、まずは対空艦潰しから行くという事か。」 グローブス艦長は眉間に皺を寄せながらそう独語する。 アンティータムが面している左舷側方向の対空網は、被弾、損傷した艦が相次いだことによって明らかに穴が開いていた。 この穴から後続のワイバーン群が続々と侵入しつつあるが、残った艦は全力射撃を続けて必死に敵騎の阻止に努める。 アンティータムも5インチ砲を用いて敵編隊に砲弾を浴びせ続ける。 防空網の穴は容易に埋められぬ物の、残存艦の投射弾量は侮れぬ物があり、今でも敵編隊の周囲には無数の高角砲弾が炸裂し続けている。 敵騎は高角砲弾の炸裂によって、なけなしの戦力をさらに減らされつつあったが…… それでも限界はあった。 「高空より敵ワイバーン12、本艦に接近しつつあり!」 アンティータムの操舵手を務めるケント・コートニー兵曹長は、対空機銃座の指揮官が付けている物と同じ、マイク・ヘッドフォン付きヘルメットから 流れて来る指示に聞き入っていた。 「敵爆撃隊接近中!針路このまま!!」 「針路このまま!アイ・サー!」 コートニー兵曹長は、口元にあるマイクにそう返しながら、舵輪に置いた両手に力を入れた。 彼は、この道10年のベテラン下士官であり、開戦前は空母ヨークタウンの操舵員を務めていた。 1944年9月にアンティータム乗り組みを命じられてからは、この新鋭艦の舵輪を操り続けている。 「艦長……どう判断しますかな?」 彼は、直上にいるグローブス艦長に向けて呟く。 航海艦橋の真上は、艦長が陣取る第1艦橋がある。そこで艦長が指揮を執っているのだが、今そこにある危機を切り抜けられるか否かは、天井の向こう側に いる艦長の判断次第だ。 外から響いて来る砲声は、ヘッドフォン越しからでもかなり喧しく聞こえて来る。 艦深部からの機関音はこれまた騒々しく、こちらもまたなかなか喧しい。 現在の速力は、艦隊随伴戦艦であるアラバマに合わせる形で27ノットしか出していないが、それでも通常の輸送船と比べれば格段に速いため、機関出力も高くなる。 外からの喧騒と内からの喧騒が合わさっている今では、ヘッドフォン越しに聞こえる声もやや聞き取り辛い。 だが、コートニーはそれでも、全神経を集中して次に来る指令を待つと同時に、外からの喧騒にも注意を向ける。 (砲声しか聞こえていない内は、敵の攻撃までまだ間がある。機銃の発射音が混じり始めた時が勝負だな) コートニーは、これまでの戦闘で得た経験をもとにこれからの動作を考えながら、尚も指令を待ち続ける。 艦深部から伝わるの振動は、それからしばしの間変わらなかった。 ライフジャケットを着込んだ体が異様に熱く感じ、彼の顔に汗が流れ始めた時、耳元にそれまでの物とは異なる物音が聞こえ始めた。 (機銃の発射音……来るな!) コートニーはそう確信した。 直後、ヘッドフォンに航海長の声が響いた。 「取舵!」 「取舵!アイ・サー!」 コートニーは胸元のマイクにそう返しながら、舵輪を心持ち左に回す。 (定石通りに行くか……妥当だな) 彼は艦長の判断に適度な感想を添えた。 この時、外から聞こえる喧騒がより一層大きくなったような気がした。 コートニーのいる航海艦橋からはあまり見えないが、舷側の40ミリ4連装機銃座や20ミリ機銃座が5インチ両用砲と共に全力で射撃を行い、濃密な弾幕を 展開している事は容易に想像できた。 (あんなアホみたいな弾幕を恐れずに突っ込んで来るとは……毎回思うが、シホット共も本当にガッツがあるぜ。) コートニーは敵にやや感心しながらも、両耳に全神経を傾け、次の指示が下るのをひたすら待つ。 アンティータムの艦体が若干左に回頭しつつある。40秒ほどのタイムラグを置いて、艦が反応し始めた証拠である。 「取舵一杯!!」 唐突に、新たな指示が響く。 「取舵一杯、アイ!」 彼は大声で復唱しながら、舵輪を思い切り回した。 重い鉄製の舵輪を2周、3周と回しまくる。程無くして、舵輪の動きが止まった。 コートニーはアンティータムの舵を限界まで左に向けさせていた。それから10秒後、アンティータムの艦体が右に傾き始めた。 (外れてくれよ!) コートニーは心中でそう思った。 この瞬間だけは、ベテランである彼と言えどもかなり緊張する。 運が悪ければ、爆弾が艦橋に命中してしまう事もある。そうなれば、コートニーは艦橋もとろも吹き飛ばされてしまうであろう。 (この瞬間だけは毎度毎度、生きた心地がしないな) 彼は内心そう思いながら、敵の爆弾が外れてくれることを切に願い続ける。 程無くして、至近弾が落下したのか、爆発音と共に艦体が揺れ始めた。 揺れ自体は強い物の、彼は振動からして命中弾を浴びていないと確信した。 それが合図であったかのように、艦の前部付近、または後部付近から幾度となく振動が伝わって来る。 (5発は落ちて来たな。) コートニーは振動の伝わる回数を数えながら、次の指示を待つ。 更に左舷中央部付近から至近弾炸裂の振動が伝わる。ダメージを受けたのか、ブザーが鳴り響くが、体感からして直撃弾を受けたようには感じられなかった。 (至近弾で浸水か何かが発生したか。まぁ、それぐらいなら大した傷ではない) コートニーがそう思った直後、それまでの振動は明らかに異なる衝撃が伝わった。 その瞬間、強烈な爆裂音が鳴り響き、彼は一瞬、自分の体が床から跳ね飛ばされたのかと錯覚した。 「!?」 コートニーはその衝撃に驚きながらも、心の中ではやられたと思った。 「左舷後部付近に直撃弾!火災発生!!」 スピーカーから被弾した事を伝える声が響き渡った時、航海艦橋の中で誰かが罵声を放った。 「舵戻せ!面舵一杯!」 「舵修正、面舵一杯!アイ・サー!」 ヘッドフォンから伝わる新たな指示に従い、コートニーは右に舵輪を回し始めた。 舵輪の動きは先と変わらず、彼は渾身の力を込めて舵を切っていく。 いつの間にか、顔には大粒の汗が滲んでおり、軍服は流れ出る汗で濡れていたが、コートニーは気にも留めなかった。 「今の回頭で陣形が乱れたかもしれんが、護衛艦もかなりいるからなんとか被害を抑えられる筈だ。」 彼はそう呟きながら、護衛艦群の奮闘を心の底から期待していた。 アンティータムは左回頭を止めた後、今度は右回頭を行い始めた。 外の様子が分からないコートニーは、ただただ味方艦の奮闘を祈りながら舵輪を回すしかないが、それでも、彼はアンティータムが致命傷を受ける事は 無いだろうと思っていた。 爆弾を受けたアンティータムは、被弾箇所から白煙を引いていたが、それでも舷側の機銃座と両用砲は健在であり、激しい対空砲火を放っていた。 外からの喧騒は相変わらずであり、航海艦橋内も相変わらずやかましいが、コートニーとって、それは艦がまだまだ元気一杯であるという証と感じており、 さして不安を抱いていなかった。 だが、敵の次の出方を考えると、弱い不安感も徐々に強くなっていく。 (爆撃隊があれで終わりとなると、次は雷撃隊が来るな……うまく数を削れていればいいが) コートニーはそう思いながら、先ほどと同じように指示を待ち続ける。 「舵戻せ!舵中央!」 「舵中央、アイ・サー!」 コートニーは再び指示に従い、舵輪を左に回し、適切な位置で固定する。 アンティータムは右回頭をやめ、直進に戻り始めた。 直後、後部付近から2度、前部付近から1度、至近弾落下の振動が伝わって来た。 (まだ爆撃隊が残っていたか。まさか、思いのほか、敵騎を削れていないのか?) 彼はふと、そう思った。 だが、コートニーがしばしの考えに頭を巡らせる暇もなく、次の指示が飛ぶ。 「取舵一杯!急げ!!」 「取舵一杯!アイ!」 彼は早口で返してから、直進に戻したばかりの舵を再び左に切っていく。 程無くして、舵輪がストップし、アンティータムの舵は完全に左に向けられた。 だが、今回は先とは違い、大回頭前にやや舵を切る事も無かったため、舵の効きは明らかに遅かった。 (くそ、敵機はどのような感じで襲ってきているんだ?こういう時は、銃座の連中が羨ましくなるぜ) 彼は、戦況を終始把握できる部署にいる同僚達を心底羨ましがった。 心なしか、機銃の発射音が一段と激しくなったように感じた。 舵を切ってから40秒ほどが経ち、ようやくアンティータムの艦体が左に回頭を始めた。 回頭中も、両用砲や機銃座は激しく撃ちまくっている。 今頃、アンティータムの上空は高角砲弾の炸裂煙と機銃の曳光弾で埋め尽くされているであろう。 (いや、あるいは海面スレスレを行く雷撃隊を狙っているかもしれんな) コートニーは心中で呟いた。 直後、その心の呟きを証明する事態がアンティータムに襲い掛かった。 唐突に、下から突き上げるかのような衝撃が伝わって来た。 航海艦橋の同僚や上官数名が、文字通り床から跳ね飛ばされてしまった。 コートニーは衝撃に負けてなるかと、必死に舵輪を掴む。 彼は辛うじてこの衝撃に耐え、舵輪も話す事は無かったが、息つく暇もなく、新たな衝撃が艦体を揺さぶる。 その直後、別の衝撃が伝わった。 矢継ぎ早に伝わる凄まじい衝撃に、コートニーは耐え切れず、床に転倒してしまった。 「!?」 床に思い切り背中を打ち付けた彼は、思わず顔を歪めてしまった。 強い痛みに息が止まりかけたが、コートニーはそれに耐え、無理やり体を起こそうとした。 だが、必死に起き上がろうとする彼を嘲笑うかのように、更なる衝撃が加わる。 今度は右舷方向から伝わって来た。衝撃は今までで一番強く、彼は体をつっ転がされ、艦橋の左側の側壁に頭からぶつかってしまった。 ヘルメット越しとは言え、その衝撃は弱くなく、彼は一瞬だけ脳震盪を起こし、気絶した。 気が付くと、彼は同僚に引き起こされていた。 「おい、大丈夫か!?しっかりしろ!!」 「ア……あぁ。」 「俺が分かるか?頭は痛くないか?」 「ああ、わかる。分かるぜ……くそ、頭がふらふらして気持ち悪い……」 コートニーは無性に吐き気を感じたが、次の瞬間、彼はハッとなり、よろけながらも操舵輪にしがみつこうとした。 「そうだ……艦を……アンティータムを操らなければ!」 使命感に駆られたコートニーは、先程と同じように艦の操作に専念しようとしたが……そこで、彼は違和感に気付いた。 「……おい。行き足が落ちてるぞ。それに、船も傾いている。まさか……魚雷を食らったのか。」 「ああ。左舷側に3本、右舷側1本食らったらしい。恐らく、機関部は前部、後部共に酷い事になっているかもしれん。」 「なんてこった……」 コートニーは、驚きのあまり目を見開いた。 「アンティータム被雷!行き足、止まります!!」 「最悪だ……!」 5インチ砲の観測口から戦闘の推移を見守っていたハートレット少尉は、敵雷撃隊の猛攻でアンティータムが被雷し、左舷に傾斜しながら停止する様を 見て顔を青ざめていた。 敵雷撃隊の削りは想像以上に上手く行っていた。 陣形の左側から侵入した雷装のワイバーンは19騎だったが、対空砲火によって14騎を撃墜しており、この少ない数なら魚雷の命中率を考えても、 アンティータムは致命傷を受け難いと考えていた。 だが、敵ワイバーン隊は回頭しつつあったアンティータムまで、500メートル以内に接近してから魚雷を投下した。 5騎のワイバーンは投雷後に3騎が撃墜された物の、海面を走る5本の魚雷は扇状にアンティータムに迫り、うち、3本が左舷中央部並びに、左舷後部付近に 命中して水柱を噴き上げた。 この被雷でアンティータムは大幅に速度を落としたが、そこにダメ押しとばかりに、右舷側から放たれた魚雷が右舷中央部付近に命中した。 この魚雷は、右舷側を航行する僚艦シャングリラを狙って放たれた物であったが、シャングリラが回避した事で外れ弾となっていた。 だが、この外れ弾が運悪く、アンティータムに命中してしまった。 被雷後、アンティータムは飛行甲板と左右両舷から煙を吹き出し、洋上に停止してしまった。 「アンティータムの状況からして、機関部を相当やられているな……機関部が死ぬと、満足に消火作業も行えんし、浸水を食い止める事も出来なくなる。 奇跡が起きない限り、アンティータムは助からんかもしれんな……」 ハートレット少尉は険しい表情浮かべながらそう独語する。 目線をアンティータムから離し、そこから右舷800メートルほどの海域にいるもう1隻の空母に向ける。 「シャングリラも手荒くやられているようだな。あっちも魚雷を食らったのか、動きが止まっているが、火災も酷い様だな。」 ハートレット少尉はそう呟きながら、首元に下げていた双眼鏡を使ってシャングリラの状況を確認する。 シャングリラは右舷に傾斜しており、飛行甲板の前部と中央部から濛々たる黒煙を吐き出している。 シャングリラの詳しい状態はまだ分かっていないが、控えめに見積もっても、今回の海戦で戦い続ける事が出来ない程の損害を受けた事は、ほぼ確実のようであった。 午前11時15分 レビリンイクル沖北北東300マイル地点 TG58.2が猛攻を受けている中、TG58.1も敵編隊との間で激しい戦闘を繰り広げていた。 「リプライザルに敵ワイバーン急降下!」 フレッチャーは、旗艦ミズーリの艦橋からリプライザルに向かう8騎の敵ワイバーンを見つめていた。 「敵も上手いな……リプライザルは爆弾を食らうかもしれんぞ。」 彼は敵の練度の高さに感心しつつ、目線をリプライザルに移す。 リプライザルは敵の狙いを外すため、左舷に回頭を行い始めていた。 猛烈な対空弾幕の中、敵編隊は4騎が撃墜されるも、残った4騎が爆弾を次々と投下した。 驚くべき事に、最初の爆弾はリプライザルの飛行甲板中央部に過たず命中した。 リプライザルの飛行甲板が爆炎が吹き上がる。直後、左舷前部付近と右舷側後部付近に高々と水柱が立ち上がる。 敵騎の投下した爆弾は、2発が至近弾となったようだ。 最後の爆弾はリプライザルの飛行甲板後部に命中し、これまたど派手な爆発が起こり、リプライザルの飛行甲板が黒煙に覆われていく。 そこに、生き残ったワイバーン7騎が超低空からリプライザルに向けて殺到していく。 傍目から見れば、被弾損傷した空母が煙を吐きながら、最大の脅威である敵雷撃隊から必死に逃れようとしている風にも見える。 旗艦である戦艦ミズーリも僚艦の手助けを怠る事無く、右舷側にあるありったけの高角砲、機銃を撃ちまくっている。 フレッチャーの居る艦橋内にもその発射音は常に響き続けており、非常に喧しい。 掩護を受けるリプライザルも、舷側の単装両用砲と機銃を撃ちまくり、敵騎の阻止に努めている。 2騎が被弾し、海面に叩き付けられた。 更に1騎が40ミリ機銃の集束弾を受けてバラバラに引き裂かれた。 1騎、また1騎と撃墜されていくが、ワイバーンは仲間の犠牲なぞ知らぬとばかりに、リプライザルに向けて突進していく。 海面は高角砲弾の炸裂と機銃弾の弾着で常時泡立っており、まさに地獄の様相を呈している。 「魔法障壁の効果もとっくに切れているのに、尚も突っ込み続けるとは……いつもながら思うが、敵も大した物だ。」 フレッチャーがそう呟いた時、生き残った3騎のワイバーンが一斉に魚雷を投下した。 魚雷は回頭中のリプライザルに迫っていく。 3本中、2本は艦尾方向に逸れていったが、1本はリプライザルの左舷後部に命中した。 水柱が吹き上がると同時に、艦橋内でどよめきが起こる。 だが、装甲空母として建造されたリプライザルには1本程度の被雷は充分許容範囲内であり、水柱が崩れ落ちた後もなお、高速で洋上を疾駆していた。 いつの間にか、リプライザルを覆っていた飛行甲板の煙もすっかり吹き散らされている。 爆弾2発、魚雷1発を受けたリプライザルは、被弾前と何ら変わらぬ姿のまま対空戦闘を続けていた。 「流石は装甲空母ですな。エセックス級なら、当たり所次第で大破寸前に追い込まれていた所です。」 「本当に、あの船は頼もしい限りだ。」 ヴォーリス中佐の言葉を受けたフレッチャーは、誇らしげな口調で返答する。 「それに対して、フランクリンはあまり思わしく無いようだな。」 フレッチャーはそう言いながら、リプライザルの右舷側から見える幾つかの黒煙のうち、一際大きな黒煙に目を向ける。 「フランクリンからの報告では、既に魚雷2本と爆弾5発を受けているようです。TG58.1では、フランクリンに敵機の攻撃が集中しましたから、 損害も大きくなっております。」 「ケルフェラクとワイバーン、60機ほどに襲われたようだな。今は戦闘の下火になりつつあるから、間もなく詳細も送られてくるだろうが…… 少なくとも、フランクリンはこの海戦で使えんだろう……」 「幾ら練度が低下しようが、やる時はやる………今行われている攻撃は、まさにそうですな。」 「全くだ。ニミッツ長官も、TF58の損害状況を知れば顔を暗くするかもしれんぞ。」 フレッチャーは頷きながら、ヴォーリス中佐に答えた。 空襲はそれから5分ほどで終わり、艦隊に響いていた発砲音も次第に終息していった。 午前11時25分 第5艦隊旗艦ミズーリ 「長官。TG58.2司令部より被害報告が届きました。」 通信参謀のフリッカート中佐が務めて平静な声音でフレッチャーに伝える。 フレッチャーは口を閉じたまま、ゆっくりと頭を頷かせた。 「TG58.2は、先の空襲で空母アンティータム、シャングリラ、駆逐艦5隻、巡洋艦3隻を損傷。うち、アンティータムの被害甚大。目下、同艦は 艦の保全に努めつつあるも、現在は艦の放棄も検討中。シャングリラは8ノットでの航行が可能なるも、飛行甲板大破で艦載機の発着機能を喪失せり。 この他、駆逐艦2隻中破で後送の要有りと認む。他の損傷艦に関しては対空火力の低下が見られるも、継戦可能と判断し、戦列に留める物なり。 報告は以上になります。」 「またもや、正規空母2隻を戦列から失ったか……うち1隻は戦線離脱すら出来ずに沈むかもしれんな。」 「TG58.1の被害も含めれば、戦列から失った正規空母は、これで5隻になります。フランクリンは、後方で修理を行わぬ限り使い物になりません。」 デイビス参謀長が表情を曇らせながらそう付け加える。 TG58.1も、先の攻撃でフランクリンが大破し、駆逐艦4隻と巡洋艦2隻が損傷している。 フランクリン以外の損傷艦では、駆逐艦1隻が爆裂光弾と爆弾数発を受けた事で大破炎上し、今しがた艦の放棄が決定したとの情報が伝えられている。 その他に、駆逐艦1隻と軽巡洋艦モントピーリアが今後の継戦は不可能とされる程の損害を受け、後送が決定した。 「……総勢700機以上の航空隊から攻撃を受けたとあっては、流石に相応の損害が出てしまうか。」 「しかし、TF58はなお、正規空母10隻と軽空母7隻を擁しております。それに加え、第1次攻撃隊が現在、敵機動部隊を攻撃中です。第2次攻撃隊も、 もう少しで敵機動部隊に取っ付くでしょう。損害は少なくありませんが、戦力的にはまだ余裕があります。第2次攻撃隊の戦果次第では、敵の母艦戦力に 大きく差を付ける事も可能となるでしょう。」 「参謀長の言う通りだ。敵のストレートパンチはかなり強烈だった……が。」 フレッチャーは、自信ありげな表情を浮かべる。 「今度はこちらのカウンターパンチが命中する番だ。これで、敵のスタミナを削り切れば、この海戦の勝敗は決する事になるだろう。」
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635 :303 ◆CFYEo93rhU:2013/03/26(火) 21 49 20 ID fbVwy5dQ0 いつも返信ありがとうございます。 631 しかし、接近戦になればあるいは・・・ 接近戦といっても剣や槍の距離まで迫る必要があります。皇国的には銃剣や拳銃、軍刀の距離です。 それより遠いと小銃、機関銃、擲弾筒、迫撃砲、もっと遠いと榴弾砲……航空爆弾。 イソップ童話の、ネズミがネコに鈴をつけようという話に似てるかもしれません。 名案だけど実行が困難な作戦。 ただし白兵戦の熟練度で言えば『剣術の訓練してるF世界貴族 > 皇国軍の一般的な歩兵 > F世界軍の平民兵』くらいでしょうか。 皇国軍の将兵も殆どは、剣や槍の訓練など軍隊に入ってからやってる人ですから、幼少の頃から修練してる熟練剣士には勝てませんよね。 帝國には体内魔力が豊富な種族のダークエルフがいるので彼らに頼むという手段が取れますね。 なまじ自身の魔力が豊富だから、道具に頼らなくても済むので ダークエルフがマジックアイテム製造は出来ない感じですか。 634 東京~小田原くらいの距離を挟んで悶々としていた訳ですからね。 両軍が国道1号線(例)を進めば、遭遇は必然です。 相手方は、セソー大公国経由で海運可能(No.24 777の地図参照)な北方戦線が 主力なのですが、ポゼイユ方面の話に肩入れし過ぎているのは作者のせいです。
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「ファンタジーしてえええええええええええええ!! ファンタジーさせろおおおおおおおおおおおおおお!!!」 アキトにとっての夢の源であり、 諸人がそれぞれ夢を馳せ勇者に駆り立てた原動力である。 この日の為に俺はファンタジーな服を買い、 ついでにファイ○ルファン○ジーをやりこんだ。 上のように、これを欲する者の8割はファンタジーな服を予め購入していると言われており、 また某FFをプレイしている者も少なくはないと言われている。 勇者たるもの心意気は大事であるため、是非この2点は抑えておきたい。
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803 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2005/05/30(月) 21 45 05 [ dT.GhyLM ] 鬱蒼と茂る森、俺はその大木の又にしゃがみ、茶のカモフラージュを付けた対人狙撃銃を構えた。 標的はたった一人の人間、それも馬に乗っているだけの。護衛も少数…こう言えば楽な仕事に見えるかもしれない。 だが、この仕事を困難なものにならしめているたった一つの問題、それは標的本人なのである。 トリド王国将軍マルサス=ヴァレンスタン、将軍にして魔道士。 別に珍しいことでもないが、この魔道士と呼ばれる人種、上級になるとそもそもの性能がこちらと根本的に違う。 「まぁ、どんなに弱音を吐いたところでやるしかないんだがな…。」 双眼鏡を使いもう一度獲物の場所を確認すると俺はスコープを覗いた。 「…標的900メートル、いや905メートル…。」 慎重に、しかし確実に「奴」のこめかみに狙いをつける。 俺がそのまま引き金を引こうとしたその時、男がピクリ、と体を振るわせた。 グルリ、スコープ越しに覗いていた「奴」がその眼球のみをこちらに向ける。 「…気づかれたっ!?」 小声でそう呟いた瞬間、幾筋もの緑黄色の光線が俺の居る場所を貫いた。 メキッ…、光線の一つが足場にしていた木の根元に当たったらしい、鈍い音がし、幹が揺れる。 「うっ…。」 慌てて隣の木の枝を掴み、そのままウンテイの要領でその木の裏側に周り「奴」の視界から逃れる。 「!」 赤い閃光が今度は俺の真上を貫く、首を動かさずに見ると、閃光は硬い大木の幹を半分近く抉り取っていた。 再び閃光が地面を焼く、その収束された「破壊」は今度は足元の草をきっちり一直線に焼き払っていた。 口から心臓が飛び出そうになるような緊張が体を走る。 「奴」の探知能力を考えれば物音一つ立てることは許されない。 「……。」 804 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2005/05/30(月) 21 45 37 [ dT.GhyLM ] コウッ! 今度は隣の木の幹が吹き飛ぶ。 約一分間、悪夢のように長いその一分間で閃光の雨は止んだ。 もちろん、どこかに行ったわけではない。こちらの存在を探しているのだ。1キロ先から。 「一応カモフラージュはしてあるんだがな…。」 その距離故全く感じられないその存在感が逆に恐ろしい。一キロ程度「奴」にとってはなんでも無い距離なのだ。 「木の上では気づかれたか。索的距離を見誤ったな…。」 いい加減痺れてきた手を考え地面に下り、カモフラージュを付け替える。 ピリッ…。その途中に再び現れる強烈な存在感。 「…っ…まさか聞こえた…?」 必要最低限の音しかさせていないはずが、その音すら随分とお気に触るらしい、再び閃光が一本の木を貫いた。 メキメキっ…悲鳴を上げ、倒れたその木から何羽もの小鳥が飛び立つ、そして再び放たれた閃光はその小鳥のことごとくを貫いた 「…!」 俺は息を呑んだ。場合によっては俺は十秒後にでもああなっているのだ。 ボトッ…ボトボトッ…。鈍い、死骸が地面に落ちる音。 それに耳を傾けないようにして俺は地面に伏した。当然、踵まで地面につける、たとえ隊の中には居なかったとしても、基本は守る。 完全な狙撃姿勢になり、再び俺は奴の方へと銃を向けた。 先程の様な木の上と異なり、木、枝、葉、そのことごとくが弾の通路の邪魔をする。 気づいた時には上空では飛竜が飛び回っていた、モチロン探しているのだ、地上の俺を。 「木の上で意地でも勝負をつけておくべきだったか…。だがな」 索的能力、連射性、破壊力、弾数、機動性、あらゆる面で「奴」は近代兵士を上回る、持久戦になれば不利は明らかだった。 しかし。近代兵士の方が得意なものが一つある。 それは「精密性」 「とったぜ、ジェネラル。」 完全な優位というものはどんな相手にも慢心を与える。 たった一キロ程度の距離、奴の頭が見えるだけで十分だった。 一瞬の油断、奴はその姿を部下の影から覗かせた。 ダアンッ…。 俺の銃が一発の、乾いた銃声を響かせる。 それと同時に、「奴」はスコープ越しに砕けた頭を覗かせた。 805 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2005/05/30(月) 21 46 11 [ dT.GhyLM ] リド国、ヴァナン国の国境の自治都市ミンノ 仕事が終わり、俺は何時も通りその酒場に居た。 「よぅ、リョー。仕事はどうだったんだい?」 「失敗してたらここにはいない。」 「ハッハッハ、そりゃそうだ!」 店主は笑いながら安酒を…それでもこの店では一番上等な物だが、をジョッキに注ぎ、俺の前にやった。 「ありがとよ。」 「ハアッハッハ!いやいや、お前とお前のお客の「口止め料」のおかげで随分と助かってんだ。」 「まあ、少なくとも儲かっている様には見えんな。」 俺はグルリと店内を見回す、普通の店なら追い出されているようなごろつき、酔っ払い、浮浪者までがたむろしている。 召喚されてから3ヶ月。俺がここの店主とした契約は「仲介業務をする代わりに報酬の10%を支払う。」というものだったのだが… こいつらがこの店に支払う金を合計して十倍したところで俺のこの店にもたらしてきた額を超えるとは思えない。 まぁ、そういう人間しかいないからこそ、俺としても仕事に使えるのだが。 カランカラン…。 酒に口をつけようとした時、扉が開く、眼をやるとそこにはこんな酒場には明らかに場違いな格好の男が立っていた。 「ここにクマガヤリョウ殿はおられるか?」 少し緊張した面持ち、口を開くとまた場違いな訛りの無い言葉が出てくる。 羽飾りのついた帽子の生地から見ても、貴族か何かだろう。それもトリド王国の。 「リョー、お前のお客さんみたいだな。」 「…やれやれ、昨日仕事をしたばかりなんだがな。」 十分後、俺は一枚の肖像画をペラペラと目の前に揺らしていた。 今度の標的はヴァナン王国魔術師副長シムン。 どうせ今回の件の報復ということだろう。 そんなことで殺されることとなるこの男に少しばかり同情しつつ、俺は安酒を飲み干した。 806 名前:名無し三等陸士@F世界 投稿日: 2005/05/30(月) 23 23 13 [ dT.GhyLM ] 思いついたネタをちょっと投下してみました。
https://w.atwiki.jp/jfsdf/pages/1603.html
ニポラ・ロシュミックが司令官から呼び出しを受けたのは新品のドシュダムの慣らし運転を済ませた直後だった。 ニポラが所属する第653飛行戦隊は12月9日から断続的に続いた首都防空戦で搭乗員の半数と機材の3分の2を失う損害を出した後、人員と飛行挺の補充を受けて再び最前線拠点に派遣されていた。 ちなみにドシュダムの配備数は定数の八割強、補充されたパイロットの大半は養成所を出たばかりのヒヨコである。 実際あらゆる物資の補給が滞っているなか、いくら生産効率を重視した簡易飛行挺とはいえドシュダムだけはなんとか損失に追いつくペースで補充の機体が―しかも改良型が―供給され続けているというのはちょっとした奇跡である。 「どうですか調子は?」 「悪くないわね」 寄ってきた機付き整備員に手渡された書類に書き込みをしながら答えるニポラ。 彼女がテストしていたのは補充として届いたドシュダムの中でも最新モデルのタイプ31で、この型は性能向上よりも生産工程の省力化に主眼が置かれている。 言うなれば“大概な安物”から“究極の安物”への進化。 あえて言おう、シン・ドシュダムであると。 具体的に説明すると、従来のドシュダムは金属フレーム―金網で編んだネズミ獲りのカゴを連想していただきたい―に合板製の外殻を貼り付けるという方法で製造されていた。 この方式なら機体だけなら町の家具屋レベルの設備で充分製造出来るワケだが、タイプ31では機体の外板に更に安価で加工の容易な段ボールに似た厚紙を採用している。 紙といっても魔法で強化されているので耐熱・耐過重性能において合板に比べさほど劣ることはない。 そのうえ構造材の変更によって機体重量が10%ほど軽減されているので機動性もいくらか向上している。 引き替えに曳光弾で簡単に火が着くという弱点が追加されてしまったが。 「残りの機体の試運転をお願いね」 「了解しました」 「了解しました」 ニポラは新しく配属されたちょっと―というかかなり―特殊な生い立ちをした二人の部下に、滑走路に並んだ最新式“紙飛行機”の試験飛行を代行するよう言いつける。 どちらも15~6歳にしか見えない初々しさと枯れた雰囲気が奇妙に同居した二人の少女飛行兵のうち、茶髪のショートカットで変なヌイグルミを集めていそうなのが「55号」、灰色の髪をセミロングにしたハンバーグが好きそうなのが「69号」という。 二人とも元は捨て子であり、物心ついた時には軍の特務兵養成機関に居た。 そして飛行挺部隊に出向を命じられるまでひたすら殺しの訓練と上官の“夜の接待”をやらされていたという。 新しい部下と打ち解けようと身の上話を振った際にそんなエピソードを聞かされたニポラはかなり真剣に(もうやだこの国)と思ったものだった。 「ニポラ・ロシュミック少尉、出頭しました」 「ご苦労さま、ちょっと待ってて」 第653戦隊司令フラチナ・カルポリポフ中佐は机の上を占拠した書類の山陰から顔を覗かせ、トレードマークの瓶底メガネを光らせながら手近な椅子を指さした。 まだ二十代前半でかなりの美人といっていいフラチナは、積み重なった心労と睡眠不足の相乗効果で奇妙な色気を発散している。 もとはケルフェラクのエースパイロットだったフラチナは被弾した愛機から脱出する際に頭部を強打し、後遺症として空間認識力に深刻な障害が残ってしまった。 今は感覚補正の魔法が掛けられたメガネのお陰で日常生活には支障ないが、それでもちょっと気を抜くと何も無いところで転んでしまう。 そんな訳で再編された653戦隊に新指揮官として二週間前に着任したばかりのフラチナとニポラ以下古参搭乗員の関係は、幸いなことにおおむね良好である。 「よっこいせっと」 書類との戦いに一区切りを付けたフラチナは年寄り臭い動きで机から離れると部屋の中央に置かれたテーブルに地図を広げ、ニポラを呼び寄せた。 「新しい任務があるんだけど」 「今度はスモウプみたいな事はないでしょうね?」 そう言い返されてフラチナは、“チーズと思って口に入れたら黄色いチョークだった”と言わんばかりの表情になった。 4日前、ニポラ率いる小隊はカレアント軍が侵攻したスモウプの街を爆撃した。 事前情報では街には敵軍しかいないはずだったが、実は味方の第108師団の一部が後衛として街に残っていただけでなく、情報の混乱からドシュダム隊に攻撃目標として指示されたのは味方の立て籠もっていた工場だった。 そして昨日、街を脱出した生き残りが私用で基地を出たニポラを襲い、あわやというところで駆けつけた55号と69号が初代プリティでキュアキュアな二人組のごとき大立ち回りを演じて暴徒と化した敗残兵の一団を撃退したのである。 「ホント二人が来なかったら埋められて殺されて犯されてましたよ」 「正直スマンカッタ」 頭を下げるフラチナ。 「まあいいです、済んだことですから」 負けが込んで来てからのシホールアンル軍は万事につけ余裕が無い。 朝出された命令と正反対の命令が夕方に下されるなんてことは当たり前。 司令部の理不尽な命令に理路整然と反対意見を述べた前線指揮官が抗命罪に問われて裁判抜きで処刑!なんてケースも少なくないことを知っているだけに、ニポラも中間管理職の重圧に身が細る思いをしている―実際顔は良いが顔色はあんまりよくない―飛行隊司令をそれ以上追求する気にはならなかった。 「それで任務というのは?」 ニポラが話題を変えたことで露骨にホッとした顔になるフラチナ。 「目標はミウリシジの鉄橋よ、ここを取られると北部戦線の側面に大穴が空いてしまうの」 両軍の配置が書き込まれた地図で見てみると、なるほど敵にとっては格好の侵入路である。 「攻撃目標の鉄橋ですがドシュダム用の小型爆弾で破壊できますかね?」 「まず無理ね、そこで今回は海軍の対艦用爆裂光弾を使うわ」 ニポラは露骨にイヤそうな顔をした。 ドシュダムはそれなりの出力を持つ魔道機関と小型軽量な機体の組み合わせによって比較的良好な運動性能と加速性能を持ち、アメリカ製の戦闘機と互格とまではいかないがある程度は戦える実力を有している。 が、所詮は間に合わせの簡易飛行挺であり、対艦爆裂光弾のような大型兵器を搭載して飛び上がった場合、妊娠した雌牛のように鈍重になってしまう。 「わかってるわ、本来ならケルフェラクかワイバーンがやる仕事だけどケルフェラクの123飛行隊もワイバーンの99空中騎士隊も連日の防空戦闘で大損害を出しているうえに新しい部隊を手配する余裕は無いのよ」 いかにも済まなさそうにフラチナが言う。 「やるしかないワケですか」 「そゆこと」 司令官はハアッと重い息をつくと自分に気合いを入れるかのようにパンと膝を叩いて立ち上がった。 「今度の作戦では私も飛ぶわよ!」 「でも司令は……」 「大丈夫、ケルフェラクに比べればドシュダムは乳母車みたいなものよ」 ちなみに戦後ドシュダムをテストした米軍パイロットは「サルでも飛ばせる」と証言している。 「書類仕事はもうウンザリ!大空が私を呼んでいる♪」 フラチナは両手を広げてクルリと一回転し、次の瞬間、盛大にコケた。 その日の正午過ぎ、第653戦闘飛行隊から選抜された6機のドシュダムが前線飛行場を飛び立った。 対艦爆裂光弾が6機分しか用意できなかったのだ。 最近のシホールアンル軍は何事もこんな具合である。 「遅すぎる、そして少なすぎる」そう恨み言を吐いて死んでいく兵士が一日に何人いるかは神のみぞ知るといったところか。 よたよたと離陸する飛行挺の主翼には一斗缶を連結したような爆裂光弾の発射筒が吊り下げられている。 今回は鉄橋が標的なので生命探知魔法の術式は解除してあり、使い方は無誘導のロケット弾と変わらない。 6機の特別攻撃隊は第一小隊の3機をフラチナが、第二小隊の3機をニポラが指揮し、小隊長機を先頭にした二つの逆V字隊形を上下に重ねた形で進撃する。 ニポラの小隊で一緒に飛ぶのは55号と69号である。 ドシュダムでの飛行時間は55号が7時間、69号が10時間しかないが、適正を認められて暗殺部隊から転属してきただけあって、二人とも無難にドシュダムを乗りこなしている。 フラチナが指揮する第一小隊には公認撃墜3機と4機のベテランがいて、撃墜数は二人を足した数より多いものの、イマイチ飛びっぷりが心配な戦隊司令に寄り添っている。 樽めいた太短い胴体にほとんど上反角の無い分厚い主翼を組み合わせた飛行挺が特徴的なエンジン音を唸らせて飛ぶ様は、航空機の編隊というよりは羽虫の群れを連想させる。 幸い―と言っていいのかどうか―敵の航空隊は東部で行われているバルランド軍の攻勢にまとめて投入されているらしく、敵戦闘機との遭遇はない。 特別攻撃隊がミウリシジの鉄橋に到着し、攻撃の前に上空を旋回して周囲の確認をしていると、普段はぽややんとしているくせにここぞという時にはニュータイプ並に勘が働く55号が線路上を南下してくる列車を見つけた。 高度を下げて列車の上空をフライパスすると、その列車は前線から負傷兵を後送してきたものらしく、無蓋貨車に寿司詰めにされた包帯姿―赤い染みが広がっているもの多数―の兵士たちが盛んに手を振っている。 特別攻撃隊のドシュダムを自分たちの上空援護に来たものだと思っているのだろう。 『司令――』 『分かっている、列車が通過するまで攻撃はしない』 だが現実は非情である。 『敵です!』 69号が反対の方角から道路を北上してくる戦闘車両の一群を見つけた。 「ドチクショーッ!」 品の無い罵声が口を突いて出るのも致し方なし。 傷病兵で満杯の貨車を引いてノロノロと線路上を進む列車より、道路上をすっ飛ばす機械化部隊の方が鉄橋に先に到達することは確定的に明らか。 彼らは戦線に突破口を穿つため快速車両で編成されたカレアント軍の偵察/襲撃部隊であり、全員が某狂せいだー乗りに勝るとも劣らないスピード狂である。 『第一小隊、敵車列を攻撃!第二小隊は上空で待機!』 三機のドシュダムはV字編隊を解き、緩やかな角度で降下しながら道路を爆走する車列に襲いかかる。 フラチナのドシュダムが先頭を走るM18戦車駆逐車に狙いを定めて射撃開始。 タイプ31の装備する重魔道銃は実体弾換算で25ミリ級の威力がある。 対して高速だが軽装甲のM18は主砲防楯の厚さが1インチ(≒25.4ミリ)であり、その他の主要部は0.5インチしかない。 あわれM18はブリキ缶のごとく撃ち抜かれて爆発炎上! 攻撃を終えたフラチナ機が機首を引き起こすと同時に二番機が射撃開始、さらに三番機が後に続く。 第一撃でM18二輌とハーフトラック三台、機関銃と装甲板を追加した強襲用ジープ一台が炎に包まれた。 だがカレアント軍は諦めない、燃える車両を体当たりで道路から突き出してひたすら橋を目指す。 『列車は!?』 上空で旋回を続けるニポラが答える。 『いま鉄橋を渡り始めたところです!』 『くっ!』 フラチナは唇を噛んだ。 すでにカレアントの車列は川に沿った堤防上の直線道路に達している。 「あああもう!」 フラチナは堤防に向けて対艦爆裂光弾を発射した。 爆発によって路肩が崩れ、カレアントの戦車は急停車を余儀なくされる。 堤防の右側はかなり流れが急なカナリ川、左側もぬかるんだ湿地になっている。 道路を迂回して橋に向かうには1マイル近くバックして回り込むしかない。 そのとき一人の兵士がM6装甲車から飛び降りた。 堤防道路は川側が長さ6メートルに渡って崩落しているが完全に不通になったわけではなく、陸側にギリギリ車一台通れるだけの道幅が残されている。 徒歩の兵士に誘導され、旋回砲塔に37ミリ砲を装備した重装甲車はそろそろと今にも崩れそうな土手道を進んでいく。 『続けて攻撃!』 フラチナの命令を受け、第一小隊二番機が降下していく。 当然カレアント軍もやられっ放しではなく、車両に搭載された火器だけでなく、ライフルや拳銃まで動員して撃ちまくる。 激しい対空砲火が浴びせられるが、両翼にかさばる荷物を吊り下げたドシュダムの動きは鈍い。 二番機を仕留めたのは砲塔を失ったスチュアート戦車に不時着したP-39から取り外したオールズモビルのM4機関砲を載せた改造自走砲だった。 37ミリの榴弾が魔道エンジンを直撃し、パイロットが脱出する暇も無くドシュダムは爆発四散! 『三番機逝け!』 非情なる命令! だが兵士は黙って従うのみ。 三番機は撃ち落とされる前に対艦爆裂光弾を発射し、堤防道路は完全に不通となった。 『列車が渡り終えました、これより鉄橋を攻撃します』 ニポラ率いる第二小隊は横一線になって川下から接近し、それぞれ右端、中央、左端の橋桁を狙って対艦爆裂光弾を発射する。 発射された6発のうち2発が橋を直撃、残りも至近弾となって鉄橋は大きく揺らいだ。 だがそれだけだった。 『……ダメみたいですね』 『まあ最善は尽くしたわ、引きあげましょう』 軍用列車の通過に耐えられるよう特に頑丈に作られた鉄橋を完全に破壊するには、ドシュダム三機分の爆裂光弾では火力が足りなかったのだ。。 橋に到達したカレアント軍はまず軽装備の歩兵を渡らせて対岸に橋頭堡を築くとともに橋の修理と補強を迅速に行い、翌朝の日の出とともに最初の戦車がカナリ川を渡った。 飛行場に戻ったフラチナとニポラ、55号、69号はドシュダムから降りると同時に武装した兵士に取り囲まれた。 「貴様等を叛逆罪でタイホするのである」 ハゲでヒゲで脂ぎった中年太りの大佐が横柄な口調で宣言した。 「待ってください話を――」 一歩踏み出し小石一つ落ちていない滑走路でコケるフラチナ。 その背中をハゲヒゲ固太りが踏みつける。 「黙れ罪人」 それを見て飛び出そうとした55号と69号が鳩尾に銃床を叩き込まれて膝を折る 「司令部に連行してじっくりねっちょり尋問するのである」 どこか背徳的なポーズで緊縛された四人は囚人用の馬車に乗せられ、基地を後にした。 その後、特別攻撃隊が渡河を援護した列車に皇族の親戚筋に当たる某陸軍大将の跡取り息子が乗っていたことが判明し、あっちこっちで圧力の掛け合いやら裏取引やらがあって最終的に四人は放免されるのだが、監禁されている間ナニが行われていたのかはご想像にお任せする。